落語「義眼」の舞台を行く
   

 

 桂文治の噺、「義眼」(ぎがん)


 

 「ご主人、眼が入りましたから良くご覧なさい」。患者さん大いに満足して大感激、「これで吉原に行ける」と、大喜び。医者の注意を聞くと、この目は寝るときには必要の無いものだから、大きめの湯のみに水を入れて、はずした義眼を付けておくように。朝入れるとヒンヤリして気持ちの良いものです。水に浸けないと干からびて縮まり入れたときにガタが来て下を向くと落ちます。人間、落ち目になりたくない。この人、早速吉原に出掛けた。

 見世の隣座敷に振られ男が入っていた。チョット便所に行ってくると言って、花魁が3時間も帰ってこない。見世に上がるときは「寝かせないから」と言ったのは寝かせないで待たせることだったんだな。それに比べて隣の客は随分楽しそうに、話し声が聞こえてきた「2.3日来ない間に随分イイ男になったわね」、「そんな短時間に顔が変わるか」、悔しくてたまらない。廊下を見ても部屋の前にはスリッパと草履があるのに、ここだけはスリッパだけ。2円50銭出して振られるなら、パナマのシャッポを買えば良かったな。愚痴っても、大きな声を出しても、誰も来なかった。
 酔いが覚はじめ水が飲みたくなった。声をかけたが返事は無い。女が来ないのに水だけ来るはずは無い。隣の部屋を覗くと、二人ともよく寝ている。枕元に大きな湯のみに水が入っていた。「飲まずに寝てしまったのなら、飲んでしまおうかな」と湯のみに手を出して飲み始めた。「『酔い覚めの水千両と決まり』美味いけれど、なんか生臭いな」、目を白黒させながら飲み込んだ、「なんだよ、この水、芯があるよ。俺は水の固まりなんて初めてだ」。

 この人、翌日から通じが無くなってしまった。苦しくなって医者に診てもらった。「原因は分かりませんが、流しにタワシを落とし、流れなくなったのと同じでしょう。肛門に何か詰まっているかも知れませんので診ましょう」。
 奥様に戸を閉めさせ、心張り棒を交わせた。ご主人を四つん這いにさせ、お尻にドイツ製の眼鏡を挿入した。「クシャミをしたり屁をしないように。眼鏡が飛び出ちゃいけません、私が後ろに居ますから」。有り難いですね。こんな汚いことでも医者はしてくれるのですから。
 先生、何を驚いたのか、「わぁ~」と悲鳴を上げて、心張り棒を蹴飛ばして、表に裸足で逃げ出した。奥様は先生を追っかけた。
「実に驚きました。ご主人の肛門を覗いたら、向からも誰か覗いていました」。

 



ことば

義眼(ぎがん);入れ目。人工の眼球。 眼球が萎縮して視力を失った場合や、眼球を失った場合に眼窩や眼瞼の形状を正常な状態に保つ目的で用いられる。

 義眼の歴史:元の時代、幼時に病気で片目を失った張存という人が腕のいい工匠に磁器製の義眼を作ってもらったという。日本では江戸時代にすでにガラスに彩色したものがあったことは当時の書物にも記録が残っている。ヨーロッパでは戦争による需要の高まりとともに広く普及した。 義眼の歴史は素材の変化に伴うものといってよく現在はアクリル樹脂で作製されているが戦後間もなくまではガラス製であった。日本では独自にその技術を開発し鉛ガラスによる開発にはじまり国策として岩城ガラスにより提供された素材をもとに当時東京大学でガラス加工を行っていた厚澤銀次郎によってその技法が確立された。しかし戦後間もなく合成樹脂の加工技術が導入されたことから厚澤以降日本ではガラス義眼の作製を本格的に行う所までは至らなかった。

 義眼は治療用以外にも、水晶などの玉眼で、仏像などの目として使用されます。剥製を作る際にガラスやハードプラスチックで作られた義眼もある。また、人形用やぬいぐるみ用、指輪やペンダントのアクセサリー用の需要もあります。

犬の目;落語「犬の目」にも義眼の話が出てきます。

パナマのシャッポ;エクアドル産のパナマ草の若葉を細く裂いて白く晒し、これを編んで作った夏帽子。
パナマ草:パナマソウ科の多年草、繊維作物。熱帯アメリカ原産。全体はヤシ類に似る。茎はごく短く、葉柄は長さ1m余。若葉の繊維でパナマ帽や織物を製する。

酔い覚めの水千両と決まり;酔い醒(ざめ)めの時分に飲む冷たい水は喩えようもなく美味い味であるということ。アルコールにより体内の水分が不足して、その不足分を身体が欲求しているから。

心張り棒(しんばりぼう);引戸口などがあかないように内側から斜めに押えておくつっかい棒。



                                                            2015年5月記

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