落語「加賀見山」の舞台を行く
   

 

 露の五郎(五郎兵衛)の噺、「加賀見山」(かがみやま)より


 

 芝居噺を一席、お付き合いを願います。こらもぉ、あの歌舞伎を一幕見たよぉな気になっていただいたら成功といぅ、実に他愛の無いもんでございまして、鷹揚にご覧のほどを願います。

  お外題は、「加賀見山旧錦絵(かがみやま こきょ~のにしきえ)」序幕、花見の場でございまして、加賀見山といぅのはご承知のとおり、岩藤といぅお局(つぼね)が、尾上といぅ中臈(ちゅ~ろぉ)をいびっていびっていびり倒すといぅお芝居でございます。なぜこの岩藤が尾上をいびるよぉになったかといぅ、このいびりの原因、これがまぁこの序幕の花見の場といぅことになっておりまして、まず人物をご紹介いたしますと、いびるほぉの親玉、つまり悪方(わるがた)でございます、悪方のほぉが今申しましたお局・岩藤。
  この岩藤が悪家老の天見郡司兵衛(あまみ ぐんじべえい)といぅ者と結託いたしまして、お家横領を企んでる。このお家横領をするのには、「旭髻観世音(あさひもとどりのかんぜおん)」といぅ仏像が必要で、この仏像を手にしたほぉがまぁイニシャ~チブが取れるといぅわけでございまして、仏像の奪い合いが背後に流れている。このよぉに思し召していただきとぉございます。
 えぇ方(がた)のほぉは、前(ぜん)申しました中臈の尾上、で、その尾上の下に求女(もとめ)といぅ若侍がおりまして、この二枚目でございます、この若侍の恋人に左枝(さえだ)といぅのがいてます。この三人、尾上、求女、左枝、これがえぇ方グループでございます。
  この岩藤がですね、一方ではこの求女に横恋慕してるわけです。ここは実線ではなく点線で表現してみたいと思いますが、岩藤・・・→(てんてんてん)求女とこぉなるわけです。岩藤の弟の主税が、これまた腰元の左枝に横恋慕、主税・・・→左枝とこぉなるわけでございます。
  よろしございますね。「岩藤、天見郡司兵衛、主税」と「尾上、求女、左枝」、それに、「旭髻観世音」といぅのが後ろに流れております。以上、人物紹介が終わりますと、さっそく「加賀見山旧錦絵」幕を開けることにいたしましょ~。

  幕が開きますと正面には紅白だんだらの幕が下がっておりまして、いわゆる幕外(まくそと)といぅやつ、先ほど申しました主税が一通の書状を持ってウロウロしとぉる。
 「先ほど天見郡司兵衛さまよりお預かりしたこれなる密書、『医師天庵に人知れず渡せ』とのことなれどこの人出、天庵殿はいずくにおられるのであろぉな? ややッ、あれに誰やら人影が・・・」、とこぉ、桜の木の陰へ隠れます。
 出てまいりますのが、先ほど申しました左枝、腰元でございまして、これが求女を求めて出てくる。「求女さま、求女さまはいずこにござりまする? 求女さま・・・」、これを見逃す主税やない、横恋慕してるんですから、「いやぁ、左枝殿。しばらく、あ、しばらくしばらく。お急ぎなくば、これなる桜の木の下で、しばし語らいなどしていかれてはいかが」、「左枝、姫君さまのお使いにて、ちと急いでおりますれば、どぉぞお通しなされてくださりませ」、「あぁいや、姫君さまは本日はご遊興、急ぎの用があるわけでもござるまい。まぁよいではござらぬか」、「ちゃっとお通しなされてくださりませ」、揉み合うはずみに左枝が一つトンとこぉ突いてやる、か弱い女ごがツンと突くだけ、主税のほぉはこんないかつい、若侍と言ぃ条も頑丈なやつです。これが左枝にちょっと突かれただけで、歌舞伎といぅのはどぉしてあんなに大層なんでしょ~。
 チョン「でぁ~ッ」と、こぉこけまんねん。バタバタバタッと左枝が向こぉへ行ってしまいよる。ひっくり返った拍子に先程の手紙がポトッと落ちるんです。これ、お客さん皆さんに分かるよぉに落とすんですよ。分かるよぉに落としてるのに、落としたやつは気が付かないんです。ここへ手紙を落としたまま、「これさ、左枝殿、左枝殿・・・」と追ぉて入る。舞台の真ん中に書状が一通、ポトリと落ちたぁる。出てまいりますのが尾上、これにヒョイと目を付けまして取り上げてみる。名宛を見て、「はは~ん」といぅ思い入れ、そっとこれを袂へ忍ばしまして入ってしまいます。
 そのあとへ出てまいりますのが(若侍)求女、「左枝殿、左枝殿」この声を聞きつけた左枝が、「求女さまか」、パタパ~タ、パタパタ、ペッタンコとこぉ引っ付くわけですなぁ。これを見逃す主税やない。「いやぁ~ッ、不義者見付けた。お出合いそぉらえ、不義でござる不義でござる」、「あいや、不義などとは迷惑千万。それがし、ちとこの左枝殿にご用がござれば」、「いやぁ、ご幕の内にて男と女がイチャイチャ、イチャイチャ。不義でのぉて何であろぉ。不義者見付けた、不義者見付けた・・・」、「そのよぉに呼ばわられては迷惑、左枝殿こちらへござれ」。
 左枝の手を引ぃて、ツッツッツッと入ってしまいます。「やぁ~、不義じゃ不義じゃ、不義者見付けた」と主税が追ぉて入る。

 舞台が空になりますと、後ろ紅白の幕がパラッと落ちますと、正面には黒塗り金鋲のお駕籠、社殿の場でございます。岩藤、尾上、それぞれ腰元どもをズラ~ッと従えまして板付いております。 
 正面、お乗り物の戸がス~ッと開きますと、真っ赤かな衣装をお召しになりました大姫さまといぅのが、風に吹かれた柳みたいにナ~ヨ、ナ~ヨナヨと出といなはる、「局、岩藤。中臈、尾上。皆も大儀」と。
 局、岩藤がツッツッツッと舞台端(ばな)ヘ出てまいりますと、「風吹かば、花の梢は、よけて吹け」と、これが切っ掛け、花道揚げ幕の中から、「不義者見付けた。両名歩め~ッ」。先ほどの主税が求女と左枝をひっ捕らえて出てくる。花道の七三(ひちさん)までくると、「いや、下におろぉ~ッ」と、これを見付けた岩藤が、「そちゃ弟主税でないか? 姫君さまの御前をもわきまえず、立ち騒いでは無礼であろぉ」。
 「いや、これは姉上さま。これなる両名、不義はたらきましてござりまする」、「何、不義とな? 不義はお家の御法度、両刀もぎ取り追っ払や」、「心得ました。求女殿、左枝殿、近頃不承知千万ながら両刀をきりきり渡さっせぇ」、「あいや、しばらく。しばらくお待ちくださりましょ~」、「これは尾上殿、待てとおとどめなされしは、何ぞ故障ば、しござってか」、「あいや『不義』との仰せなれど、これには何ぞ子細のありそぉなこと。ちょっとお待ちくださりませ。求女さま、左枝さま、ちょとこれまで・・・。も~し求女さま、左枝さま、ご両所はともに茶道のお家柄、お幕の内にて定めしお茶の稽古ばしなさっていたのでござりましょ~が、な、な・・・、それならそぉと、ちゃっとおっしゃたが、良かりそぉなもの。ご両所はお幕の内にてお茶のお稽古にござりまする」、「いや、ご幕の内で男と女がイチャイチャ、イチャイチャ、何のお茶の稽古でばしあるものか。不義じゃ不義じゃ、不義に相違ない」、「不義と申さるるならば、何ぞ証拠がのぉてはかなわぬはず。それ見ましょ~ぞ」、「うッ、そ、それは・・・ 」、「証拠無くては胡乱(うろん)なり。証拠見ましょ~、主税さま。何とでござりまする」。
 後ろの幔幕(まんまく)から、「それなる証拠、身共にござる・・・」、「あなたは(家老の)天見郡司兵衛さま」、「それなる証拠、これなる文、『求女さま参る、左枝より』これが不義の証拠にござる」、「証拠のいでし上からは、両名ともにこの場よりとっとと追っ払や」、「しばらくお待ちくださりましょ~」、「またしても尾上殿、何ぞご不審でもござってか」、「不義と極まりましたる上からは向後の戒め、それなる文、この場において読み上げましてはいかがかと・・・」、「ほぉ、それはご趣向」、「それなる文ちょとお貸しくださりませ。この文に、相違ござりませぬな」。
 言ぃながら、さっき拾ろぉた文とこれを袂の下でスリ替えるんですなぁ。「秘札を以って申し入れ候、先般申し合わせしとおり、医師天庵を味方に引き入れ、南殿の間に忍び入り込ませ、旭髻観世音を盗みまいらせ・・・」、「あ~、待てッ、それは文が違ごぉた、文が違ごぉた」、「これなる文、そぉそぉ、名宛が肝心」、「名宛、読んではならぬ」、「ならば、これなる両名、不義でないと仰せられまするか」、「それは・・・」、「不義ではないか」。
 形勢不利と見た岩藤が、「『もはやお時刻』、(姫君さま、お発ち~~ッ)」。腰元の一人が出まして、お姫さんのお手を取る。お姫さんを先頭に一同ゾロゾロ、ゾロゾロ、花道から引(へ)っこんでしまいます。

 あとに残りますのが岩藤、天見郡司兵衛、尾上、求女、左枝。
 尾上は求女と左枝を連れまして岩藤のほぉへちょっと会釈する。岩藤は、「ふ~んだッ」。あっち向きよる。そのまんま花道の七三まで、尾上、求女、左枝やってまいりまして、半開きにした日傘の陰でさっきの手紙ポトッと落としてやる。平伏してる前、落ちてきた手紙を見て、「はッ、これはさっきの・・・、この人が上手いこと裁いてくれはったんやわ。おおきに、ありがとぉございます」。求女のほぉにもチラッと見せる。求女もありがとぉございます。尾上は岩藤のほぉをキッと睨んでおいて、「お前がなんぼ悪巧みしたかて、わたしがみ~んな見現してやんねんさかいに、覚えておおき。ベベベのべ~ッ」といぅ思い入れがあって、求女と左枝もこれに連れて入ってしまいます。

 じっと見送った岩藤が、「まんまと首尾よぉしおぉせしを、要らざるところへ尾上のでしゃばり。イスカの嘴(はし)と食い違い。それにしても天庵めは」、「何をいたしているのでござりましょ~」、「お局さま、これにござりましたか。まんまと南殿の間に忍び込み、旭髻観世音」、「シ~~ッ、声が高い・・・。これぞまさしく旭髻観世音、これさえあれば大願成就。天庵、褒美くりょ」。
 誰でも、「褒美くれる」と言ぅたら、「ありがとぉございます」端(はた)へまいりましてお頂戴する。褒美をくれると思いのほか、郡司兵衛の腰の物、脇差を取り出しますと、「イヤ~ッ」、「ん~ん・・・」て、弱いやつ、刀見ただけで、「わ~ッ」、「やや、これは・・・」、「蟻の穴より堤のたとえ」、「して、邪魔になる尾上めは」、「こりゃ、ひと思案せずばなりますまい・・・、入相(いりあい)の鐘に、花や散るらむ。郡司兵衛さま、こりゃ、お腰の物をけがしましたなぁ」。
 返す刀を受け取った郡司兵衛、後見得(うしろみえ)で鞘へと収めます。岩藤は腰元の差し出す日傘をとって、花道をしず、しず、しずしず・・・。
 (ま~ず、こんにちは、これぎり~~ッ)。

 



ことば

加賀見山旧錦絵(かがみやま こきょ~のにしきえ);義太夫節および人形浄瑠璃の演目のひとつ。天明2年(1782年)1月、江戸外記座にて初演。全十一段(ただし実際には九段目まで)、容楊黛(ようようたい)の作。この40年ほど前に加賀藩で起きた加賀騒動を題材としたもの。「局岩藤/中臈尾上」(つぼね いわふじ/ちゅうろう おのえ)の角書きが付く。
 角書き=人形浄瑠璃や歌舞伎の題名には、ふつう二行に割って書かれた、主題や内容を暗示的に記す、副題のようなものが付けられることがあります。 これを角書(つのがき)と呼びます。

 嫉妬と陰謀が渦巻く奥御殿で繰り広げられる、女たちの争い。
  お屋敷の大姫に仕える御殿女中たちは、若く誠実な中臈の尾上と、古株のお局(つぼね)の岩藤との二派に分かれている。謀反をたくらむ岩藤は、大姫に目を掛けられる尾上に嫉妬して辛く当たるが、尾上の召使いのお初が主人をかばう。名高いお家騒動の加賀騒動と「草履打(ぞうりうち)」事件を脚色した、時代劇「大奥」ものの原点。

 

 浮世絵 加賀見山旧錦絵 豊原国周画 歌舞伎 3枚組。

 御館の大姫は、大切にする旭の尊像(旭髻観世音)を、奥女中の総監督役である老女の局(つぼね)岩藤(いわふじ)を差しおいて、若くて気だての良い中臈(ちゅうろう)の尾上(おのえ)に預ける。岩藤は剣沢弾正と共謀してお家横領を企む悪人で、姫が尾上を重用するのが面白くない。そこで町人の出で剣術が不得手な尾上に恥をかかせようと、剣術の試合を強要する。ところが尾上の召使いのお初が、「私が代わりに勝負します」と名乗り出て、岩藤と対戦して勝利する。恥をかかされた岩藤は、尾上にさらに憎しみを抱く。

 鏡山旧錦絵(かがみやま こきょうのにしきえ)とは、歌舞伎の演目のひとつ。天明2年(1782年)1月に江戸外記座で初演された人形浄瑠璃『加々見山旧錦絵』の一部を歌舞伎として脚色したもの。現行の文楽と同様、『加賀見山旧錦絵』の外題で上演されることもある。通称『鏡山』(かがみやま)。

 加賀見山旧錦絵は、古くはいろいろな芝居に組み込まれて演じられており、それにより人物の設定や内容もその都度変わっている。現行の歌舞伎においても東京と上方とでは場割りや演出等に違いがある。
 この芝居は古くはその序幕として、「花見」という場が必ず出されており、そこでは花見どきの寺社の参詣に訪れた尾上や岩藤、またそれに従う腰元たちなどがずらりと舞台に並び、善人悪人交えてのやり取りがあった。しかし『花見』の場所も『初瀬寺』だったり『浅草寺』だったりと一定していない。また「花見」の場は現行の東京式では上演が絶えており、『名作歌舞伎全集』所収の「初瀬寺花見の場」もほんの申し訳程度に筋を追うだけの簡略な内容。なお上方式の上演では「花見」の場は現在も出されているが、「竹刀打ち」の場は出さないことになっている。
 本作は義太夫浄瑠璃の『加々見山旧錦絵』の中の六段目と七段目を脚色したものであるが、その内容は浄瑠璃のものとはいろいろと相違している。これは歌舞伎にいわゆる鏡山物として取り入れられてのち、尾上の仇である岩藤をお初が討つという話は大筋においては変わっていないものの、人物の設定や演出などはその都度書き替えられ、それが近代以降に内容が固まって現在にまで伝えられたものである。外題についても『鏡山旧錦絵』という外題で演じられるようになったのは明治以降のことであり、それ以前は演じるたびに外題も変わるのが常であった。それは違う芝居の一部として、この鏡山物のくだりが演じられていたからである。ただしこれは江戸でのことであり、上方においては江戸時代から『加賀見山旧錦絵』の外題で演じられている。
 この芝居の特色は出てくる役の多くが武家の奥勤めの女たちであり、立役すなわち男の役は庵崎求女や剣沢弾正など出番も少なく限られている。いわば女を演じる女形の活躍する芝居であるともいえるが、岩藤の場合は加役、すなわち立役の役者が演じる場合が多い。普段は立役を勤める役者が演じることによって、険のある憎々しげな女の敵役として演じられるものである。なお岩藤だけではなく、岩藤つきの腰元たちもやはり立役から出るのが例となっている。しかしこの岩藤という役はただ憎らしいというだけではなく、色気もある程度必要とされる。
 ウイキペディア

二代目露の五郎兵衛(つゆのごろべえ);1932年 (昭和7)年 3月5日-(2009年3月30日没)。本名 明田川 一郎。昭和22年11月1日、二代目桂春団治に入門して春坊、35年に小春団治、43年に二代目露の五郎となり、平成17年に二代目露の五郎兵衛を襲名。 昭和60年文化庁芸術祭賞、平成5年大阪府民文化功労表彰、平成6年上方お笑い大賞審査員特別賞、平成12年紫綬褒章受賞、平成18年旭日小綬賞ほか

局岩藤(つぼね いわふじ);局(つぼね)=宮中等の御殿の中で、仕切りをして設けた部屋。また、自分用の部屋が与えられている、身分の高い女官・御殿女中。 武家の奥女中で、老女の次位にあたる職。 皇室や公卿・将軍家などに仕えた重要な地位にある女性に授けられた名号であり敬称。長橋局、春日局など。大奥などの部屋方女中の職名の一つ。部屋方の中では最高位に位置する。

中臈尾上(ちゅうろう おのえ);中臈= 室町時代、武家の奥向きに奉仕する女中。御中(おなか)。 また、江戸時代、幕府の大奥に仕えた女中で、上﨟・年寄などの下。また、大名の奥女中をもさす。
 宮中女房、武家奥女中の品位。宮中では上﨟、下﨟の中位。江戸幕府の大奥では上﨟、年寄に次ぎ、御台所(みだいどころ)に近侍し、将軍の侍妾(じしょう)となる者も多かった。

江戸外記座(えど げきざ);江戸の古浄瑠璃の太夫。外記節(げきぶし)の創始者。生没年不詳。薩摩外記藤原直政。薩摩浄雲の弟子と思われるが系統は不明。上方生れで明暦(1655‐58)のころ江戸に下ったらしく、〈下り薩摩〉と呼ばれた。貞享(1684‐88)のころ江戸堺町に人形操座を興行した。二代目があり、歌舞伎浄瑠璃を語ったと伝える。外記節は享保(1716‐36)以後滅びたが、劇場名の外記座は薩摩座と名を変え、猿若町で1872年(明治5)まで続いた。

外題(げだい);上方で、歌舞伎や浄瑠璃の題名のこと。江戸では、名題 (なだい) という。芸題。

幕外(まくそと);ある一幕が終わり幕が引かれた後、幕の外に役者が残り、舞台または花道で引込みの演技をすること。 役者の引込みの演技を印象づける演出。
 そうすることによって演ずる俳優がよりクローズアップされ、芝居も印象強いものとなり観客の満足度もアップします。『勧進帳』の弁慶は、幕外で客席に向かって深々と礼をして飛び六方を踏んで引っ込みます。近年人気の高い宙乗りもそのひとつでしょう。通常歌舞伎ではカーテンコールというものはありませんが、そのもっと凝縮された形が古くからこのように取り入れられていました。

不義者(ふぎもの);正義・道義・義理にはずれたことをする人。 特に、男女の関係で、道義にはずれた関係を持つ者。

加役(かやく);俳優が演出上の効果などから、通常演じる役柄(やくがら)以外の役をつとめることをさします。立役(たちやく=男役)の俳優が女方(おんながた)の役を演じたり、その逆に女方の俳優が立役の役を演じたりする場合に使われます。『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の八汐(やしお)や『加賀見山旧錦絵』の岩藤などのような悪人の女性は、立役の俳優が加役で演じるのが通例になっています。

板付いている;幕が上がった時点で役者が舞台上にいることを「板付き」と言います。 開幕の時だけでなく、転換後などでも同じです。「板」とは舞台のことで、逆に、役者が舞台袖でスタンバイしていることを「陰板」(かげいた)といいます。
 ちなみに、仕事などに慣れてしっくりきている様子を表す、「板に付いている」とは意味合いが違う言葉です。

(ばな);物のはし。こぐち。そば・かたわら・横合い。主として、そばの者など、人の場合にいう。人以外は上方では「ねき」という。

胡乱(うろん);乱雑であること。いいかげんであること。また、不誠実なこと。史記抄「かき本は字が―で」。
 疑わしいこと。うさんくさいこと。浄、国性爺合戦「証拠なくては―なり」。

見現して(み あらわ);悪だくみのあるのをみんな表に出してしまうから・・・。

イスカの嘴(はし)と食い違い;イスカの上下のくちばしが湾曲してくい違っているように、物事がくいちがって思うようにならないこと。 齟齬(そご)をきたすことのたとえ。
 イスカ=全長18cm。オスは全身暗赤色で翼と尾は暗褐色。メスは灰色がかった黄緑色の体をしています。本種の最大の特徴は、頭の割りには大きいくちばしの上下が合わさらず、先の方は左右に分かれていて、更に下くちばしの先は上に向き、上くちばしの先は下を向いていることです。「イスカの嘴(はし)の食違い」と古くから言われている由縁です。このくちばしは上下を少し開き加減にしてマツボックリ(マツカサ)の間に入れ込み、そのくちばしを合わすと、先が曲がって食い違っているためにマツボックリの笠の間を押し広げ、中の種子を容易に取り出すことができるのです。マツカサをつつけるアカマツ、クロマツ、カラマツ、エゾマツ、トドマツなどの針葉樹やハンノキ類の実を主食にしています。生息環境は針葉樹林で、雛を育てるのにもマツ類の実を与えています。夏に繁殖することも多いのですが、積雪のある冬に行なわれることもよくあります。日本では、主に冬鳥ですが、山地では少数の繁殖例が知られています。

旭髻観世音(あさひもとどりの かんぜおん);当て字。『旭の尊像』とも

入相の鐘(いりあいの かね);日暮れ時に寺でつく鐘。また、その音。晩鐘。

蟻の穴より堤のたとえ;「韓非子―喩老」の「千丈の堤も螻蟻(ろうぎ=けらとあり)の穴を以て潰(つい)ゆ」によることば。千丈もある堅固な堤も、小さなアリの穴がもとでくずれることもある。小さな誤りやわずかな油断がもとで、大事をひきおこしたり失敗したりすることがあるというたとえ。

後見得(うしろみえ);後ろ姿で切る見得。



                                                            2022年1月記

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