落語「トンボさし」の舞台を行く
   

 

 露の五郎の噺、「トンボさし」(トンボさし)より


 

 いろんなんがありますなぁ・・・、このチョボチョボチョボちゅうのも、多いのんも少ないのんもありまんねや。「多いのんがえぇ、あんなもんは多ないといかん」と言ぅ人もありますし、「このチョボチョボチョボが程らえにあるのがえぇ」と言ぅ方もある、あるいはこの、「ノッペラポォのほぉが、ズンベラボンのほぉがえぇ」ちゅうて言ぅ人がある。なかにはこの、わざわざジャングルのよぉなやつを剃りあげまして、ツルツルにする人があるといぅ。まぁどっちがえぇとも言えまへんけどなぁ、あんまりぎょ~さんあるとね、たまにはあの、あれ鼻の穴入るとくっしゃみが出るんで・・・。今お笑いになった方は大変に文化水準の高い方で、テクニシャンでいらっしゃる、奥様は幸せでございます。

  え~、そんなんがいろいろありますけれど、初めてあれを見たら驚きまっしゃろなぁ、子どもなんか自分のもんに無いんでっさかいに、「何があんのんか知らん?」と思いまっしゃろなぁ。

 子どもがぎょ~さん寄って、「松っちゃん、吉っちゃん、竹やん、こっちおいで、こっちおいで。あの、トンボさしに行こか?」、「ん、今日はな、皆そない言ぅやろ思うさかいな、竿もモチも用意してきた」、「そら手回しがえぇ、わしらも皆持ってきてんねん、トンボさしに行こか」、「トンボさしに行こ行こ・・・」。昔はこの、長ぁ~い竿の先へね、トリモチといぅやつを付けまして、でこの、飛んでるトンボ、あるいは止まってるやつをピシッと捕ったもんですがねぇ。この頃まぁ、そんなことして遊ぶお子たちといぅのはあんまり見かけんよぉなりました。

 昔はそんなことして遊んでた、わたしらでも覚えがあります。わたしがまだ小ぃさい頃ねぇ、わたしがまだ小ぃさい可愛(かい)らしぃ、人さんに、『坊ちゃん、坊ちゃん』と言われていた、そぉいぅ子ぉと遊んでた頃ねぇ。いや、遊ぶぐらい遊ばしとくなはれ、わたいかてね。その時分はトンボさしてなよぉ行ったもんですが、竿の先にこぉトリモチ付けましてなぁ。

 「皆行こ、行こ行こ」、「あッ、吉松っちゃんまだ来てへん。吉松っちゃんいつでも遅いなぁあの子、一緒に行かなんだらまた吉松っちゃんが、『仲間はずれにした』言ぅたらかなんしなぁ・・・、誰か吉松っちゃん誘いに行ってきて」、「よっしゃ、わし行ってくるわ」。

 竹やんちゅうのが、吉松の家(うち)行きまして、「吉松っちゃ~ん、吉松っちゃ~ん、トンボさし行こか言ぅてんねん。なぁ、吉松っちゃ~ん、吉松っちゃ~ん・・・、おれへんなぁ、返事せぇへん。吉松っちゃん、どっか行ったんやろか?」。
 昔はあの、長屋なんかでも裏のほぉへ回りますとちょっとこぉ竹囲い、竹垣がありましてね、よぉそこへ朝顔なんか絡みついたりしてたもんですが。子どものこってっさかい遠慮会釈なしにそっちのほぉへ回ってきよった。ほな、ここのあんた、お上さん、亭主も行てしもて、子どもも遊びに行てしもた、昼寝といぅやつですなぁ。そんであんた、寝相が悪かったとみえて、足バ~ッと広げたぁったん。昔のことですよってに、なにもはいてしまへん、腰巻きだけです。ほんであんた、子どもがヒョコヒョコ来て、ヒョイと見て、「あッ、吉松っちゃんのお母はん寝てら・・・、わぁ~、足広げて・・・、あれ?ケッタイなもんがある、あの足と足の真ん中にモジョモジョモジョ、あんなとこへ猫がもぐり込んでんねやろか・・・、あッ、オバチャンがいびきかくと、あの猫も動く。モコ~ッとなったりペショ~ッとなったり、モコ~ッとなったりペショ~ッとなったり・・・、面白いなぁ。あれ、何やろなぁ・・・?」。
 トンボさしに行こぉちゅうんで、竿を持ってただけがあんた、ねぇ、トリモチの付いた竿をチュ~ッと伸ばしよって、「ピシャ!」触りよったんだ。ピシャッと触って、「何もあれへん」そのまんまピョイッと上げたらよかったんですけれども、「そこに何にもあれへん」と言ぃながら、竿をクルクルクルッと回したもんでっさかい、このモジャモジャが竿に絡み付いた、モチが付いてるんでっさかいに。それをあんた、手元へピャッと引っ張りよったもんでっさかい、「イッ、痛た、たたたたッ、何をすんねんなこの子、この子は人の・・・、もぉえぇかげんにしぃ(ペシッ、ボコッ、ベシッ!)」。

 「痛ぁ~い、うぇ~ん・・・」、泣いて帰りました。母親が、「どないしたん?」、「吉松っちゃんとこのオバチャンに叩かれた~」、「何で叩かれたん?」、「何にもしてへん、吉松っちゃん誘いに行ったら叩きよった」、「そんなアホな、お友達誘いに行たぐらいで叩かれてたまるか。お母ちゃん行って文句言ぅたる、付いといで・・・」。

 「うちの子が何をしたとおっしゃいます? いぃえぇな、吉松っちゃんを誘いに来ただけでどつかれたて」、「自分のお子達のことはそら可愛いおます、可愛いおますのは分かりますけども、ちゃんとあんばい理由を聞ぃて・・・」、「『何にもしてへん』言ぅてまんがな」、「何にもしてへんことおますかいな、躾(しつけ)が悪いさかい、あんたとこの子ぉは」、「『躾が悪い?』聞き捨てがなりまへんなぁ。うちの子のどこが躾が悪おまんねん」、「そやないかいな、いぃえぇな、そらまぁわたしも昼寝はしてましたんやけどな」、「昼寝起こしたぐらいで叩かないきまへんのん」、「ただの起こしよぉやないねやがな・・・、そらわたしもな、開けっ放して寝てたんやさかいに」、「開けっ放しが・・・」、「いや、戸ぉだけの開けっ放しやないの、ほかのとこも開けっ放しやさかいに、そらまぁ悪いと言われたら悪いねんけども・・・、そこに放り出したぁる、そのトリモチの付いたトンボさしのその竹、見てみなはれ」、「『竹、見てみなはれ』て、これトンボさしの・・・、まぁ、なんやらいつの間にこんな棒に毛が生えましたんやろ?」、「生えまっかいな、そんなもんあんた。わたしがここに寝てたら、それでピシャッと・・・、それであんた、わたしも思わず・・・、寝起きやったといぅのもあるし、そんなとこ見られた、そんなとこそぉされたといぅのも、気が立ってたもんやさかいに思わず手を上げたん、悪気があったわけやないのん」、「んまぁ、この子はそんなことしましたんか。いやもぉ、この子はそんなことばっかりしまんねやがな、あんた。何? 猫やと思た? 猫がそんなとこもぐり込むか? だいたいあんたはせや、こないだも横町の赤犬にテンゴしてかぶりつかれたやないかいな、あれ以来言ぅてるやろ・・・、『ケモノに触るな』て」。

 



ことば

ズンベラボン;のっぺら坊。つるつる坊主。何もない、起伏や凹凸などが何もついてないこと。滑り坊主→ズボロボウ→ズンベラボウと転訛したもの。
 大阪ことば事典

トリモチ(鳥黐);鳥がとまる木の枝などに塗っておいて脚がくっついて飛べなくなったところを捕まえたり、黐竿(もちざお)と呼ばれる長い竿の先に塗りつけて獲物を直接くっつけたりする。古くから洋の東西を問わず植物の樹皮や果実などを原料に作られてきた。近年では化学合成によって作られたものがねずみ捕り用などとして販売されている。 日本においても鳥黐は古くから使われており、もともと日本語で「もち」という言葉は鳥黐のことを指していたが、派生した用法である食品の餅の方が主流になってからは鳥取黐または鳥黐と呼ばれるようになったといわれている。
 日本においてはモチノキあるいはヤマグルマから作られることが多く、モチノキから作られたものは白いために「シロモチ」または「ホンモチ」、ヤマグルマのものは赤いために「アカモチ」と呼ばれる。鹿児島県(太白岩黐)、和歌山県(本岩黐)、八丈島などで生産されていた。
 子供の遊びとして虫捕りにもよく使用される。この場合、黐竿をつかってトンボなどを捕獲する。ただし粘着力が強すぎ、脚や翅に欠損を生じることがあるため、標本用途には向かない。鳥黐を使用して鳥類を捕獲する行為は、禁止猟具を用いての捕獲およびわなを用いての鳥類の捕獲に該当し、鳥獣保護法違反で検挙対象となる。
 右図、江戸時代の鳥刺し。

テンゴ;いたずら。わるふざけ。子供のいたずらもテンゴであり、婦女子にふざけるのもテンゴであり、悪さとも言う。
 大阪ことば事典。

ケモノ;(毛物の意) 全身に毛のある4足の動物。畜類。けだもの。
 広辞苑
 けだもの【獣】= 全身毛でおおわれ、四足で歩く哺乳動物。〔「けだもの同様に本能のままに行動する人間」の意で、欲望むき出しの人や義理・人情をわきまえない人をののしっても言う〕。
 『新明解国語辞典』第7版



                                                            2022年4月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system