落語「鼠の耳」の舞台を行く
   

 

 露の五郎の噺、「鼠の耳」(ねずみのみみ)より


 

 「嬢(とぉ)はん、相手はどこのお方どす? 乳母かて悪いよぉにはせぇしまへん、相手はどなた?どこの男はんでんねん?」、「・・・」、「いえ、首振ったかてね、相手があるさかいお腹が大っきなりまんねん」、「一人で」、「一人でそんなもんができまっかいな」、「一人でしたん」、「そんなもん勝手にお腹が大っきなるちゅなことおまへんがな」、「御殿へ上がったとき、お局(つぼね)からいただいたん」、「一応は親旦さんにお見せはしますけども、ホンマにこれでヤヤさんが?」。
 「あのぉ~、親旦さん、これこれこぉいぅわけ・・・」、「これ乳母、お前えぇ加減にしぃな、お前も幾つになんねな、自分も子ぉ生んだことのある身やないかいな、そんなお前、張形で子がでけたりするかいな。わしのんよりよぉ反ってるがな。血の筋が浮いて、コブコブしてるとこやなんか、ホンに生きてるよぉなが、しかし、なんぼよぉでけてるさかいいぅて、これで子ができるて」。ヒョイッとひっくり返して裏を見ると左甚五郎作。

 この張形を買える人はよろしぃ、張形の買われへんもんはどないやちゅうと、それはそれでいろんなもんを使こたんですなぁ。

  あるご大家で、旦さんがお亡くなりになりました。御寮人(ごりょん)さんが後家さんにおなりあそばして、それでもしっかりした人でっさかいに店はピリッともしません。お店もお商売が終わりまして、大戸閉めて皆それぞれ寝てしまいます。
 女衆(おなごし)さんの部屋、三、四人、下の女衆さんが寄って、夜なべしながら話してる。「お竹はん」、「へぇ?」、「亭主に別れてからこぉやってご奉公さしてもろてるさかいえぇけど、不自由(ふじゅ~)なときは不自由やなぁ」、「おや、あんた、まだその気があんのんか?」、「そらたまには思い出すわ。ほなお竹はん、あんた思い出さへんか?」、「そら思い出さへんちゅうたら嘘になるけど」、「ほな、どないすんねん?」、「『どないすんねん』て、あんたどないしなはんねん」、「わたい、指でするわ」、「指で足るあんた?わたい、おナスでしたん。せやけどアクが出るさかいなぁ、あとが軋(きし)ついて」、「あんたおナス? 大きい小さいがあるやろ。わたいこの頃お芋さんでするのん、さつま芋。新芋やったら、ところどころコブコブがあるさかい、あれえぇ具合え」。
 話してると横手でおとなしそぉに縫いもんしてたんが、「さつま芋やら、おナスやらて、よぉそんなこと言ぅたはる」、「あんた、若いのに人をバカにしなはんなや。あんたら、そらどないぞなるか知らんけど、わたいら」、「いぃえ、そぉいぅ意味やないのん。たまにはやっぱり代わりも使いますけど」、「で、あんた、おナスとかお芋さんとか違うのん。あんた、何使うねん」、「あのぉ、長芋。あれ太さもちょ~どよろしぃしね、もし段が欲しかったら刻んで段付きまっしゃろ。ほんで、あのヌルヌルが出て、あれがまたウジウジしてえぇ具合」、「長芋なぁ~。知らなんだわぁ~」。

 誰ぁれも聞ぃてるもんはない、女同士やと思いまっさかいワシャワシャ、ワシャワシャ話してた。御寮人さんが通りかかってこの話をヒョイッと耳にはさみはった。「おナス、さつま芋、長芋、ほんに、そぉいぅと、あの人と死に別れてからだいぶんご無沙汰やわぁ。いっぺん、その長芋ちゅうのん試してみよかしらん」。

 さぁ、常日ごろ物買いに出たことのない人ですが、やっぱりこの気もそぞろといぅやつですなぁ、明けの日、コソ~ッと長芋買ぉてきて、奥のひと間でこれをシュシュ~ッとえぇ恰好(かっこ)にこしらえて、「われながらよぉでけたわ。わたい、こない器用やと思わなんだ、よぉ反っための長芋があってよかったわぁ~」。
 晩になんのん待ち焦がれてござる。晩になると早よぉから、「お店の衆、今日は早やじまいにして早よお休みなはれ、たまには骨休めせないかんさかいに」て、店のもん皆寝さしてしもて。一人でお部屋へ引き取りまして、寝床んとこでためつすかしつ、「見てるだけで唾湧いてくるわ、上も下も唾湧くのん」。さぁ、久しぶりでっさかいに、俗に「ぬかろく」てなこと言ぃます。抜かず六番ちゅなこと言ぃますけれど、ぬかろくどころの騒ぎやおまへん。ぬかひち、ぬかはち、ぬかとぉ、ぬかじゅ~に、ぐらい。
 失神する、失神てなことよく言ぃますけれど、もぉ行き過ぎて行き過ぎて、それこそ突き当たりのないほど、終いに気を失のぉて、長芋を挟んだままでスゥ~ッ、寝入ってしまいました。長芋を取り出すのん忘れてそこへ差し込んだままポテ~ン、気ぃ失のぉたよぉに寝てなはる。

 夜はしだいに更けてまいります。”嫁が君、出でてめでたし、今朝の春”てなことを申します。嫁が君、鼠のことですなぁ。天井をバタバタ走り回ってたやつが、夜中になって人気がのぉなると、「何ぞ美味しぃもんないかいな」天井からソロソロ降りてきよる。
  ヒョッと見ると、「あら? おかしぃなぁ、御寮人さんいつから男にならはったんやろ? こんなとこにこんなん無かったはずやのに、何や突き出したぁる。あ、男にならはったんちゃうわ、長芋や。長い間こんなご馳走よばれてないなぁ。ちょっとよばれたろ」、鼠が長芋をボチボチ食べ始めよった。久しぶりの好物でっさかいにポリポリ夢中になって食いよる。長芋食いながら頭のほぉが段々入って行きよる。御寮人さん、ポテェ~ッとなって寝てはったんですけど、そら何やわけの分からんもんがモゾモゾモゾッと入って来たら、どないよぉ寝てたかて目ぇ覚めますわ。「なんや、妙な?」ヒョッと気が付くと、もぉ鼠、あらかた中へ入ってしもてシッポだけがチョロッと外へ出たぁる。「あら? あんな大きかったんがこんな細なった、縮んだんかしら? 何や動いてるわ。ね、鼠や。あんなもん入れたままにしといたさかい、鼠が食べもって中へ入りよってんわ。何とかせな、引っ張り出さな」、シッポつまんで引っ張り出そと思てつまみにいったんですけど、鼠かてそないマゴマゴしてまっかいな。つまみにきたと思うとシッポぐちシュッと中へ入ってしまいよった。「あッ、えらいこと、どないしょ、飛んださかいいぅて出るもんやないわなぁ。けど、こんなもんが内臓噛み破りよっても怖いし、お医者さんへ行くわけにもいかず、人呼ぶわけ、何とか鼠を出す工夫ないやろか? お店の人に言ぅわけにもいかんし、そやッ」、フッと思い付きましたんが、ちょっと頭の鈍い田舎から飯炊きにきてます権助といぅ、ちょっと頭が二分ほど足らんやつ、「あれ、ボ~ッとしてるさかい、うまいこと言ぅて」。そっと権助の部屋へ忍んでまいります。

  「これ、権ちゃん、ごんちゃん」、「御寮人さん。な、何でございます。お呼びでございますか」、「これ、大きい声出しなはんな。奥へきとぉくれ」。
 「こげなことがあってえぇもんでごぜぇますかのぉ」、「そこへ座わんなはれ。誰にも言ぅてもぉたら困るで。ちょっと、あんたのもん出しとぉみ」、「はぁ? 何でごぜぇますか」、「いや、あんたのな、出してみなはれ」、「いや、そら出すのはよろしごぜぇますが、ごげなむさ苦しぃもの」、「むさ苦しぃてもかめへんのん、出しない、立派やわぁ、長芋よりこっちのほぉがよっぽどえぇわぁ、あのな、それ、入れてえぇのん」、「ほいじゃまぁ、真っ平ご免くれまっせ」。
 さぁ権助、有頂天でございます。隆々としたやつをばグッとこぉ当てごぉてきよった。鼠、グルッと中で向きを変えると、入って来たてのほぉへ向こてガブッ、「ギョ、ギャ~ッ!」飛びのくひょ~しに食いついたまま、鼠がスポ~ンと飛んで出よった。表出るなり、「チュ、チュ、チュ~ッ」。
  「も、もぉちょっとで食い千切られるとこでごぜぇました。女ごのあそこには鼠が住んどるちゅうことは知らなんだ」、「大きな声出しなはんな、こんなこと人に言ぅんやないえ。その代わりこれだけのもんあげるさかい、さッ、あんたにはお暇出すさかいに、な、このお金持って郷(くに)ぃ帰って何なと商売しなはれ。こんなことお店の人に言ぅたらいかんのん、明日の朝、スッと暇とって帰んなはれや」。

 明けの日、暇とって郷へ帰ってきた。小判で何十両といぅ金持って帰ったもんでっさかい、そら田舎では大騒ぎ。 「あ~りまぁ、新田(しんでん)の権助が大阪さまへ出て、えろぉ金儲けて帰ったそぉな」、「大阪さまへ出て金儲けて帰ってくるところ見ると、よっぽどあら見込みがあるに違いない。何とか、うちの娘もろぉてもらいたいもんじゃなぁ」、「お前んとこじゃ役不足じゃ。うちの娘をもろぉてもらうべ」。
 大阪から大金を持って帰ったといぅんで、あっちこっちから縁談が降るよぉにあるんですが、この権助いっかな聞かん。「いや、わしゃ嫁はもらわん」、「世間さまに対して面目ないねん。嫁もらい」、「もらわん。嫁は要らん」、「お前、年頃になって、なかったら不自由する」、「不自由なら、わしゃ手がある、右手でやる。女のあそこには鼠がおる」、「そんなもん女ごのあそこに鼠が住んでたりするかいな」、「いんや、おる。女ごのあそこには鼠が巣くぅとる」、「しかし、こんだけの縁談があんねんさかいに、どれなと一人ぐらい鼠のおらんのんおるて、鼠のおらんのん」、「そぉか? けど、わしゃ姿かたちだけ見て承知はせんぞ。あそこ調べてみて鼠がおらなんだらもらう」、「あそこの見合いちゅうのはこの年なるけど聞ぃたことないで」、「いんや、わしゃあそこ調べて、鼠がおらなんだらもらうが、おったらもらわん」。
 さぁ虚仮(こけ)の一念です、そない言ぃ張ります。また片一方では、ちっぽけな村でございまっさかいに、それだけのお金を持って帰ってきた人なら、「少々恥ずかしぃのんは我慢します、あの人の嫁になりたい」ちゅうのんがまたあったんですなぁ。「ほな調べてもろて結構です」、見合い、それこそ姿形の見合いやおまへん、あっちのほぉの見合い。娘さんも嫁入りしたい一心ですなぁ、恥ずかしぃのんこらえて前を広げて、「もちょっと、足広げてくれまっせ。もぉちょっと、足広げて、ガバッとガバッと広げて。あぁ~ッ、やっぱり鼠がおる、やっぱり鼠がおる」、「そんなことあるかいな、どこに鼠がいてんねな?」、「いる、いるいる。見てみなはれ、鼠の耳が見えてる」。

 



ことば

嬢はん(とうはん);(「いとさん」の転) 関西で、良家の娘を敬愛して呼ぶ語。お嬢さん。

乳母(うば);母に代って子に乳をのませ、また養育する女。めのと。おんば。

御殿(ごてん);宮中・将軍家・大名の城中。

お局(おつぼね);宮中や貴人の邸宅で、そこに仕える女性に与えられる、仕切られた部屋を持つ女官。また、宮中や公家・武家に仕えて重要な立場にある女性への敬称。

左甚五郎(ひだり じんごろう);江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人。講談や浪曲、落語、松竹新喜劇で有名であり、左甚五郎作と伝えられる作品も各地にある。 日光東照宮の眠り猫をはじめ、甚五郎作といつわれる彫り物は全国各地に100か所近くある。しかし、その製作年間は安土桃山時代から江戸時代後期まで300年にも及び、出身地もさまざまであるので、左甚五郎とは、一人ではなく各地で腕をふるった工匠たちの代名詞としても使われたようである。

 落語の中の主人公として登場する左甚五郎は、「竹の水仙」、「四つ目屋」、「ねずみ」、「叩き蟹」、「三井の大黒」等があり、落語の世界では有名人です。
 医者黒川道祐が著した『遠碧軒記』には、「左の甚五郎は、狩野永徳の弟子で、北野神社や豊国神社の彫物を制作し、左利きであった」と記されているので、彼が活躍した年代は、1600年をはさんだ前後20~30年間と言うことになります。
  一方、江戸時代後期の戯作者・山東京伝の『近世奇跡考』には、「左甚五郎、伏見の人、寛永十一甲戌年四月廿八日卒 四一才」とあり、寛永11年(1634)に41才で亡くなったとすれば、『遠碧軒記』より少し後の年代の人となります。
  また、四国には左甚五郎の子孫を名乗られる方が居り、墓も存在します。 広辞苑によると、江戸初期の建築彫刻の名人。日光東照宮の「眠り猫」などを彫り、多くの逸話で知られるが、伝説的人物と考えられる。一説に播磨生れ、高松で没した宮大工、伊丹利勝(1594~1651)を指す。 左甚五郎作とされている。 活躍した年代が様々であるように、出身地も、根来(和歌山県)、伏見(京都府)、明石(兵庫県)と、史料により様々です。 また、関東には来なかったとの記録が多いが、日光をはじめ上野東照宮の「昇り龍・降り龍」など、甚五郎作とされる作品は多い。
 落語に登場する左甚五郎は、一本の竹から彫った水仙に水をやると花が開く、「竹の水仙」は有名だが、これは、宿賃もなしに豪遊してしまう、だらしない大酒呑み甚五郎が、宿賃の代わりに彫ったものです。また、落語「ねずみ」、「三井の大黒」にも登場しこの噺のマクラで、飛騨高山の人と言っています。  政談ものでも名奉行はみな大岡裁きと決まっているように、名彫刻は、みな名人・左甚五郎作となってしまったのでしょう。張形までこしらえたのですから、スゴイ名人!

ヤヤさん(ややさん);(「稚児(ややこ)」の略)あかご。みどりご。嬰児。

張形(はりがた);水牛の角や鼈甲(べつこう)などで陰茎の形に作った淫具。女子の使用する性具。張り方。

御寮人さん(ごりょんさん);(ゴリョウニンの訛) 他人の妻または娘の尊敬語。

後家さん(ごけさん);夫に死別して、その家を守っている寡婦。やもめ。未亡人。

大戸(おおど);店舗の表口にある大きな戸。大店などの表戸は今のシャッターのように上から降ろして間口全体を締め切った。その為、脇に潜り戸をもうけ時間外の出入りはそこからした。
 落語「六尺棒」に詳しく写真入りで説明があります。

長芋(ながいも);生物学上はヤマノイモ科ヤマノイモ属ナガイモに分類されます。中国が原産といわれている外来種です。漢名の山薬(さんやく)、薯蕷(しょよ)と呼ばれることもある。長さは50〜80cmほど、直径は4〜6cmくらいの長い形状の野菜。店頭では長いままではなく20〜30cmにカットされていることが多いです。長芋の生産が最も多いのは青森県。全体の出荷量全体の約73%を占めているほどです。比較的夏に多く出回りますが、流通量は多いので旬を問わず手に入りやすい食材といえます。
 山芋は旨みが凝縮していて風味が強く、濃厚で粘り気が強いです。対して長芋は水分が多く含まれているので、粘り気が少なくあっさりとしています。
 カロリーを比べると、100gあたりのエネルギーは山芋が120kcalで、長芋は65kcal。糖質は山芋が25g、長芋が13gで、比較すると長芋の方が低カロリーかつ糖質も少ないといえます。その分、長芋は水分を多く含んでいます。 山芋と長芋の栄養価は大きな差はないようです。どちらもネバネバとした粘り気が特徴のぬめり成分が含まれていて、胃の粘膜を保護し、蛋白質を効率よく吸収させる働きがあります。そのうえ食物繊維やカリウムも豊富なので便秘対策、むくみ対策にもおすすめです。 ただし加熱すると粘り気のあるぬめり成分やアミラーゼは、多くの栄養素といっしょに失われてしまうので、なるべく生で食べることです。
下写真、長芋。

 

嫁が君(よめがきみ);「嫁が君」は正月三が日限定の季語です。三が日の間「ネズミ」という言葉を忌んで「嫁が君」といいます。 ネズミは夜目がきくことから、ヨメ→嫁となりました。
 「大梁にのぞきて飛騨の嫁が君」  橋本榮治
 「尾の長きことが器量の嫁が君」  鷹羽狩行

飯炊き(めしたき);飯をたくこと。専属でそれをする下男や下女。江戸では大店に雇われた飯炊きは男の仕事であり、女中にはやらせずそれ専門の男が雇われた。

いっかな聞かん;(下に打消の語を伴って) どうしても。どうあろうとも聞き入れない。

虚仮の一念(こけの いちねん);「虚仮(こけ)」は、思慮の浅いこと。愚かなこと。また、その人。
 「虚仮の一念」は、「愚かな者がひとつの事にひたむきに打ち込むこと。また、愚者がその一念で凝り固まること」を意味する語。 「虚仮の一心」ともいう。 もっぱら「虚仮の一念岩をも通す」という言い回しにおいて用いられ、「才能のない凡人や愚物でもひたすら努力を続ければ難事を実現できる」という意味合いで用いられる。



                                                            2022年5月記

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