落語「夏の医者」の舞台を行く
   

 

 現四代目三遊亭金馬の噺、「夏の医者」(なつのいしゃ)


 

 医者もデモ医者が居たりしたのは街中のことで、田舎に行くと「上手にも下手にも村の独り医者」。
どんな医者でも居た方が良いのです。

 村で病人が出たが、この村にも医者が居なかった。山を越えた隣村の一本松に玄白先生が医院を開いていた。病人の息子は山を廻って、玄白先生に往診を依頼しにきたが、どこにも居ない。見つけると、先生笠を被って褌一つで裏の畑の草むしりに忙しい。キリの良いところまで畑仕事をして、医者の姿に着替え出掛けることになった。聞くと山の裾を廻って行くと6里あるというが、山越えだと4里で行ける。山道は玄白先生よく知っているので、薬籠を息子に持たせて登り始めた。登り終えると夏のこと汗びっしょりになって一休みすることになった。松の木の下は涼しかった。タバコを飲んで世間話をして、下り道を出発することになった。

 急に真っ暗になってしまった。息子と玄白先生も一緒で、二人ともウワバミに飲まれてしまっていた。このままだと溶けてしまう。刀を差していたら腹を切って外に出るのだが、それも無い。薬籠を取り出してダイオウという下剤を二人でまいた。ウワバミは生まれて初めての薬だったので、良く効いた。尻の穴から下されて草むらに放り出され、逃げるように山を駆け下った。臭い身体を洗って、診察すると食あたりと診断した。病人に聞くと「チシャの胡麻汚しが旨かったので、ドンブリ2杯ほど食べた」、「夏のチシャは腹に障る」と言って、昔から夏にはチシャは食べないものだという。薬を飲めば2~3日で治ると、薬籠を出させた。息子は「えッ!? 薬籠は先生が・・・。ウワバミの腹の中で先生にお渡ししました」、「これは大変だ。腹の中に忘れてきてしまった。アレが無いと仕事にならない。大丈夫だ、山に戻って、もういっぺんウワバミに飲まれて、薬籠を取り返してくる」。

 先生、山のてっぺんに登ってくると、ウワバミの野郎生まれて初めて下剤を掛けられたので、グッタリして、頬骨は落ちて目は窪んで、首を松の木に掛けて肩でゼイゼイ息をしてしていた。先生、薬籠を腹の中に忘れてきたので、もう一度飲んでくれるようにウワバミに頼んだ。ウワバミは息も絶え絶えに「ダメだ」、「そんな意地の悪い事を言わないで、もう一度だけ飲んで下さいよ」、
「イヤ~、ダメだ。夏の医者は腹に障る」。

 



ことば

チシャ(萵苣);レタスとチシャについて。レタスはキク科アキノノゲシ属の野菜で、5千年以上も前に西アジアなどで作られていたといわれています。日本でも奈良時代以前から栽培が行われていたとされ、平安時代の終わりには、チシャと呼ばれるようになったようです。江戸時代に書かれた『農業全書』には品種、栽培法、料理法などが記されています。「チシャ」という名称は、レタスの葉や茎を切ると切り口から白い乳液を出すことから、「乳草(チチクサ)」がなまった「チサ」が変化したものといわれています。玉チシャ(クリスプ型、バター型)、立チシャ、葉チシャなど様々な種類があり、日本ではクリスプ型の玉チシャを一般的にレタス、バター型の玉チシャをサラダナと呼んでいますが、これらは日本独特の呼び名で、レタスという呼び名は、本来、日本のチシャ類に相当する種類の総称です。レタスは全国で季節ごとに産地をつなぐリレー方式で栽培されているため、一年中、手に入れることができます。主な産地は、長野県、茨城県、兵庫県、群馬県、香川県です。長野県や群馬県の収穫時期は主として6月~10月であり、兵庫県や香川県では11月~3月、茨城県では11月~5月に収穫されています。
農林水産省 消費・安全局消費者情報官消費者の部屋より

 ヨーロッパの原産で、葉を食用とし、レタス・サラダ菜・カキチシャ・タチヂシャ・サンチュなどの種類がある。結球するものを球チシャ、結球しないものをカキチシャ・葉チシャなどとして区別する。

■分類 レタスは、その特徴により次の種類に分けられる。
・ヘッドレタス (L. s. var. capitata) - タマチシャ クリスプヘッド型とバターヘッド型に細分することが出来る。クリスプヘッド型は一般的な結球性のレタスとして普及しているものであり、レタスといえば日本では通常これを想像する人が多いと思われる。クリスプ (crisp) とは、「ぱりぱりした」という意味であり、その名の通り歯触りがよい。バターヘッド型は、日本では一般的にサラダナ(サラダ菜)の名称で通っている。キャベツのような形のクリスプヘッド型とは違い、結球が緩い。
リーフレタス (L. s. var. crispa) - 葉チシャ、チリメンヂシャ 非結球レタス。緑色の物もあるが、サニーレタスのようにアントシアニンが発現し、赤色を帯びる品種もある。
立ちレタス (L. s. var. longifolia) - 立ちヂシャ 結球性レタス。ロメインレタス、コスレタスとも呼ばれる。ヘッドレタスのようにややつぶれた球ではなく、白菜のように丈の高い球状になる。シーザーサラダでは本来この種類を用い、アメリカでは、レタスの約3割がこの種類。日本での栽培・流通は外食産業、中食産業向けが中心で、まだ少ない。
カッティングレタス (L. s. var. crispa) - カキヂシャ 分類上はリーフレタスの中に含まれるが、中国に7世紀頃に導入され、日本にも同じ頃から奈良時代にかけて導入された。日本では導入がもっとも古いレタス(チシャ)である。生長するに従い、下葉をかき(収穫)ながら食用とし、このためにカキヂシャ(掻き萵苣)と呼ばれる。日本でも食用としてきたが多くの場合は生食せず、茹でておひたし、味噌和えなどにして消費してきた。山口県西部(旧長州藩)では、カキヂシャとほぐした焼き魚または煮干しなどを酢味噌で和えた郷土料理「ちしゃなます」(「ちしゃもみ」とも)が有名である。戦後は消費量が大幅に減ったが、日本でも韓国のように焼肉をサンチュ(カキヂシャの一種、チマ・サンチェとも)に包んで食べる方法が普及したために、再び流通が増えてきている。
ステムレタス (L. s. var. angustana) - 茎チシャ ステム (stem) とは「茎」を意味し、その名の通り茎を食用とするレタス。一般的にレタスの茎はロゼット状であるのに対し、ステムレタスの茎は30cm程にまで生長する。アスパラガスレタスともいう。日本では乾燥したものを水で戻して漬け物に加工した「山クラゲ」の名前の方が有名である。中国では、生の茎を炒め物に使う。
ウイキペディアより

 トウが立ったチシャの葉を大量に食べると、身体にさわると言われています。この落語も、この俗説から噺が膨らんだのでしょう。

チシャの効用;中国では、清熱利水作用があるといい、解熱、利尿、催乳、催眠作用があり、葉を煎じて服用すると、利尿、むくみを取り、神経の鎮静や不眠症対策として良い。 中国では、“出産後の乳汁の出の悪いのを治し、小便の出をよくし、血液の循環をよくする(本草綱目)”とか、“五臓を利し、気持ちを開き、気を大きくし、血液の循環をよくする(飲膳正要)”など、と述べられています。

医者(いしゃ);江戸時代の医者は一般的には徒弟制度で、世襲制であったが、誰でもなれた。 しかし、医師免許も教習もなければ資格もなかった。なる資格は”自分が医者だ”という、自覚だけであった。医者になると、姓を名乗り、小刀を腰に差す事が許された。
  日本に医師免許規則が出来たのは、明治16年(1883)になってからで、治療法も東洋医学から西洋医学へと変わっていきました。
  江戸時代の医者は市中で開業している町医者のほか、各藩のお抱え医者、幕府の御典医まで居て、種類、身分、業態は様々であった。医者は大きく分けて、徒歩(かち)医者と駕籠(かご)医者とがあった。つまり、歩いてくる医者と駕籠に乗ってくる医者であった。例えば文化文政(1804~1829)の頃、徒歩医者が薬1服(1日分)30文とすると、駕籠医者は車賃を含めて薬1服80~100文と高価であった。この頃、職人の手間が400文であった。高くても往診に来てくれと言う、名医であったら、別に食事代も付けたりした。
  医者はこの噺の中にもあったが、当然ご用聞きが出来ず、患者が来るまで待たなくてはいけない。幇間のように金持ちの旦那にべったり付いていた医者もあります。落語の中にはこのクラスの医者がゴマンといます。店(おたな)で病人が出ると、「あの医者はいけません、本当の医者に診せないと殺されてしまう」、と言う物騒な医者も居ます。また、”ヤブ医者”ならまだしも、ヤブにもならない”タケノコ医者”ではもっと困ったものです。この噺にも出てくる医者は、忙しくないので、患者が居ない時は畑仕事をしています。薬は葛根湯しか出さない”葛根湯医者”や、何でも手遅れにしてしまう”手遅れ医者”はたまた”デモ医者”は医者にデモなろうかという医者。このような医者は落語界では大手を振って歩いています。

  料金に公定相場はないので、自分で勝手に付けられましたが、名医ならば患者が門前市をなしますが、ヤブであれば、玄関に蜘蛛の巣が張ってしまうでしょう。で、自然と相場のような値段が付いてきます。またヤブは自然淘汰されていきます。ですから、無能な者が医者だと言っても長続きはしませんでした。
  江戸の医者で最高の医療費を取ったのは、慶安3年(1650)堀田加賀守を治療した幕府の医官狩野玄竹(げんちく)であった。その金、幕府から千両、堀田家から千両、合わせて二千両であった、と言われている。
 落語「死神」より孫引き

薬籠(やくろう);くすりばこ。印籠のような形で、3~4重の重ね箱。薬を入れて携帯したもの。医者が携帯する物は数段の小引き出しが付いた、小型の箪笥状の薬入れ。右図。

大黄(だいおう);健胃剤・瀉下(しゃか=下剤)剤。タデ科のひとつで、この植物を総称して大黄という。薬用植物であり、生薬・漢方薬の分野では、一部植物の根茎を基原とした生薬(右図)。停滞している病毒を排出することにより、胸腹の膨満感、腹痛、便秘、小便の出の悪いのを治す。また、黄疸、血液の停滞による症状、できものも治す。と言われ、大黄は病気の基となる諸毒を排する作用がある。副作用として、多毒、長期にわたって服用してはならない薬としている。現在では漢方処方に限らず大黄末、あるいは複方大黄・センナ散などのように配合剤として広く瀉下薬として用いられるが、副作用として腹痛、腹鳴、悪心・嘔吐などが知られている。そのほか、妊婦や授乳婦も服用を控えるべきとされている。古くから欧州でも有用な瀉下薬として使用されており、その使用は原産地中国やその近傍の東アジアに限らず世界的である。

ウワバミ大蛇。特に熱帯産のニシキヘビ・王蛇などを指す。よく落語では大きなヘビをウワバミと表現し、胴中は人が通れるほど大きなトンネルぐらいある。
右図;訓蒙図彙(きんもうずい)よりウワバミ。巨大なヘビ。

6里(6り);距離の単位。1里=3.9272688km、約4km弱。1里を歩くと約1時間、6里だと23.6kmで6時間。先生、6時間より山道だが4時間を採った。



                                                            2015年6月記

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