落語「不動坊」の舞台を行く
   

 

 九代目桂文治の噺、「不動坊」(ふどうぼう。別名「不動坊火焔」)


 

 五十八になった金貸しの吉兵衛のところへ、大家が縁談を持ち込んできた。
 相手は若くはないが御家を世話するという。相手は同じ長屋の小間物屋・不動坊火焔の女房お滝で、最近亭主が旅先の北海道・函館で急死したので、骨にして送ってもらったが、先方の宿に千円の借金が残った。女一人で生活が立ちいかないから、どなたかいい人があったら縁づきたいと、大家に相談を持ちかけてきた、という。ついては、不動坊の残した借金が1500円あるので、それを結納替わりに肩代わりしてくれるなら、という条件付き。
 実は前々からお滝さんにぞっこんだった吉兵衛さん、二つ返事で結婚話しに飛びつき、本日大安だからさっそく、今夜祝言と決まった。

 決まってみると、お滝さんは吉兵衛の事を何て呼んでくれるのだろうと一人思い巡らせていた。「『お滝・あなた』が良いだろうな」、何遍も大きな声で言っていると隣から「うるさい」と、怒鳴られた。「では湯屋にでも行こうかな」と外に出たら、鉄瓶を提げていた。

 湯屋に入ると、混んでいた。「みんなは汚れを落としに来ているんだが、自分は婚礼の晩だから・・・、婚礼の晩なんて奴は居ないだろうな」、湯が熱いのでかき回して「『あなたは湯上がりだと綺麗だわ』なんて言ってくれるだろうか」彼は一人世界に入っていて、周りの人が居るのもお構いなし。
 見ず知らずの人に声かけて「おかみさんは居ますか」、「居るよ」、「くっつき合ですか、仲人があってですか」、「変な事聞くなぃ」、「公園のベンチに腰掛けている女の横に座って、図々しいから手を握って、無理矢理家に連れ込んで、かかぁにしたんだろうよ。とんでもねぇ奴だ」、「やな野郎だな。近所の山田さんと言う仲人が連れてきてくれたんだ」、「それはおめでとう。ところで、婚礼の前の晩はどうでした」、「良い気持ちのものだ。当然湯にも来たよ」、「私も・・・」。
 「お滝さんが来たら何と挨拶しようかな。『騒々しい事で・・・』これでは火事場見舞いだよ。『遠方からはるばる・・・』これでは弔い(トムライ)のお礼だよ。難しいな。『お滝さん、お金のカタにこんなジジイの嫁に来たのは、いわばお金の仇と思うでしょうよ』、とポンと突っ込んでやるよ。お滝さんは黙ってうつむいているよ。キツい事を言うのでお滝さんは手ぬぐいを眼の所に持ってきてススリ泣いているよ。『先の亭主は優しかったが、だけどね、長屋には独り者が大勢いますよ。その中からあなたを選んだんじゃないですか。私の隣の池田屋さんは鹿の子の裏みたいな顔をしているし、下駄の歯入れ屋さんの吉さんは下駄みたいな細長い顔でしょ、あなたが一番イイので大家さんに決めてもらったのよ』、『ホントですか。私はジジイですから』、『私から見るとあなたは四十二・三にしか見えないわ。これからそんな事言うとつねるわよ』といってつねるね、『イタイ』。また、前に回ってくすぐるよ。コチョコチョコチョ『くすぐったい』。『イタイ。くすぐったい・・・・』」。ドブン!
 「湯船に腰掛けていたが、ノロケを言ってたと思ったら、湯に落ちたよ。こんな奴は見た事が無い。金ちゃん、お前の顔から血が出ているよ」、
「そうだろうよ。軽石で顔をこすっちまったよ」。

 



 
九代目桂文治さんは俗に「留めさん文治」と言われ、ひょうひょうとしたおかしみのある落語家さんでした。細かいことや筋に矛盾があってもお構いなしに演じていました。今回の噺も名前が入れ違ったりで、話が重なったりと修正しながら書き取るのが大変です。噺の矛盾点はここでは指摘しませんが、しかし、寄席にはなくてはならない軽妙な落語家さんです。「蔵前駕籠」も先代柳家小さんが指導したものですが、帰りに酒を酌み交わしていたら、翌日も来てすっかり忘れたからもう一度稽古を受けて帰った。やはり、彼らしくまとまりの無い噺になってしまった。しかし、小さんはアレでイイので、直してはいけないと言っていました。
 『大ロセン文治はそれで肩たたき』 興津要。

 九代目桂文治(かつら ぶんじ、1892年9月7日 - 1978年3月8日)、本名は高安留吉。生前は落語協会所属。定紋は結三柏。出囃子は『野崎』。通称「留さん文治」(※襲名までは単に「留さん」)。 周囲の薦めにより前名翁家さん馬から九代目桂文治襲名時、本人は「さん馬」「産婆」のクスグリが使えなくなることと、襲名に多額の資金が必要な事から嫌がったという。彼は落語界屈指の吝嗇家として有名だったが、義理のお金やご祝儀には他より多くポンと出した。またロセンが大きい事でも知られた。稲荷町(現・台東区東上野)の長屋に住み、三代目柳家小さん門下だった八代目林家正蔵(後の林家彦六)とは兄弟分で部屋も隣り同士と昵懇の間柄であった。なお彦六は一時、文治の最初の師匠四代目橘家圓蔵一門に在籍していたことがある。得意ネタは、本人を地でゆくような「片棒」、初代柳家蝠丸(十代目桂文治の実父)作の「大蔵次官」、「口入屋」、「小言幸兵衛」、「好きと怖い」、「俳優の命日」、「岸さん」、「不動坊」、「歌劇の穴」、「宇治大納言」などがある。
  

 この噺は途中で切っていますので、続きがあります。

 湯舟の中でお滝との一人二役を演じて大騒ぎ。 「・・・『お滝さん、本当にあたしが好きで来たんですか?』、 『何ですねえ、今更水臭い』、『鍛治屋の鉄つぁんなんぞはどうです?』、『まァ、いやですよ。あんな色が真っ黒けで、顔の裏表がはっきりしない人は』、『チンドン屋の万さんは?』、『あんなカバみたいな人』、『じゃあ、漉返し(すきがえし)屋の徳さんは?』、『ちり紙に目鼻みたいな顔して』」、湯の中で、これを聞いた当の徳さんはカンカン。長屋に帰ると、さっそく真っ黒けとカバを集め、飛んでもねえ野郎だから、今夜二人がいちゃついているところへ不動坊の幽霊を出し、脅かして明日の朝には夫婦別れをさしちまおうと、大変な相談がまとまった。

 この三人、そろって前からお滝さんに気があったから、焼き餅も半分あってやる気十分。
 幽霊役には年寄りで万年前座の噺家を雇い、真夜中に四人連れで利吉(この名前が元来の名前)の家にやってくる。 屋根に登って、天井の引き窓から幽霊をつり下ろす算段だが、万さんが、人魂用のアルコールを餡コロ餠と間違えて買ってきたので「こんな細い瓶に詰めるのが大変だった」、「馬鹿野郎」、「バカかどうか下の二人に聞いてみよう」と騒動の後、噺家が「四十九日も過ぎないのに、嫁入りとはうらめしい」と脅すと、利吉少しも動ぜず、「オレはてめえの借金を肩代わりしてやったんだ」と逆ねじを食わせたから、幽霊は二の句が継げず髙砂やを謡ってすごすご退散。結局、「手切れ金」を十円せしめただけで、計画はおジャン。怒った三人が屋根の上から揺さぶったので、幽霊は手足をバタバタ。「おい、十円もらったのに、まだ浮かばれねえのか?」、「いえ、宙にぶら下がっております」。 

 

  この噺は元来上方の噺ですが、オチが沢山あります。元来のオチは「はい、幽霊(遊芸)稼ぎ人でおます」と言いますが、明治の頃落語家や講釈師は『遊芸稼ぎ人』という鑑札を受けて商売をしていたところから出ています。現在には通じないので、マクラで説明をしてから本題に入っていきます。その為ありとあらゆるオチが考えられています。また長屋のヤモメ連中の職業もいろいろありますし、幽霊になって降りていく芸人も講釈師であったり、落語家の前座であったりします。大筋では同じ話ですが、個々の部分では大差がある、変わった噺です。

 

ことば

不動坊火焔(ふどうぼう かえん);火焔を背にした不動明王を祀った所には「不動の滝」など滝が多く、不動坊火焔の女房の名をお滝にしたのも納得できるところです。
お滝さんの方は落語の中で直接会話する場面はありませんが、器量がよく、どこか品があり、つつましい女性のように噺の中からうかがえ好感が持てます。長屋中の独り者からあこがれの的になっています。
 五代目小さんのギャグでは、利吉が大家に言います。「もう、寝ても起きてもお滝さん、お滝さん、はばかりィ入ってもお滝さん・・・仕事も手につきませんから、なんとかあきらめなくちゃならないと思って、お滝さんは、あれはおれの女房なんだと、そして、不動坊に貸してあるんだと。ええ、あのお滝さんはもともとあっしの女房で・・・」。
右;目黒不動の独古の滝にて

鹿の子の裏(かのこのうら);鹿の子絞り=絞り染の文様で、布を白い粒状に隆起させて染め出したもの。総絞りにした模様が小鹿の背のまだらに似ていることからその名で呼ばれる。鹿の子染。鹿の子目結い。その裏側だというが、どんな顔なんでしょう。 右;鹿の子柄

下駄の歯入れ屋(げたのはいれや);下駄の歯の部分が特に早くすり減るから、歯だけを交換できるようにした下駄があった。その下駄は、普通の下駄より歯がうすく長めにできていて、すり減れば、歯だけを抜いて新しいのに差し替えられる。これも、専門の職人が巡回してくるのを待って注文すれば、その場で入れ直してくれた。
現在は職人の高齢化が進み、これが出来る職人が激減して絶滅危惧種となっています。

人魂(ひとだま);人魂の正体、昔の寄席では、怪談噺の際に焼酎を綿に染み込ませて火を付け、青白い陰火を作りました。その後、前座の幽霊(ユータ)が客席に現れ、脅かす段取りです。この噺は明治期が舞台なので、焼酎の代わりにアルコールと言っています。なお、古くは「長太郎玉」と呼ばれる樟脳玉も使われ、落語「樟脳玉」の小道具になっています。前座がこの人魂を客席に持ち出してお客を脅かすのですが、ときには人魂を振り払おうとして、前座をアッパーカットしてダウンさせた猛者も居ます。

引窓(ひきまど);屋根にうがった明り取りの窓で、引き綱で開閉しました。天窓。普通はへっつい(かまど)の上に開いていますので、排煙の役もしていました。
右;深川江戸資料館の長屋の天窓。

漉き直し屋(すきなおしや);再生紙屋、淺草紙屋、徳用紙屋、で徳さん。
 
チンドン屋さん;人目につきやすい服装をし、太鼓・三味線・鉦・らっぱ・クラリネットなどを鳴らしながら、大道で広告・宣伝をする人。関西では「東西屋」「広目屋(ヒロメヤ)」という。

輿入れ(こしいれ);よめいり。婚礼。結婚式。現在では昼間に結婚式を挙げますが、江戸、明治の頃は夜から始まるのが当たり前でした。ですから、夜になったら嫁さんを連れてくるというのは当然です。落語「長崎の赤飯」、「たらちね」、「髙砂や」等でも式の状態が分かります。

 


                                                            2015年6月記

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