落語「新聞記事」の舞台を行く
   

 

 四代目柳亭痴楽の噺、「新聞記事」(しんぶんきじ)


 

 痴楽綴り方教室・「笑道一代」
 東京娘のいうことにゃ、さの言うことにゃ、柳亭痴楽はいい男、
鶴田浩二や錦之助、あれよりぐ~んといい男。
てなてなことを一度でも 言われてみたい 言わせたい
あ~あ それなのに この僕は 黒の紋付 扇子に袴 お札配りじゃあるまいし
1年365日 へらへら 笑っているのです。
いっそ さらりと背広に着替え 今を流行りのセールスマン 隆(りゅう)と結んだ蝶ネクタイに
ふんわか香るポマード付けて 粋なセールスしてみたい。
もしもし テレビはいかがです 予算がないからだめだわよ。
そんならいっそ 洗濯機 タライがあるからだめだわよ。
それでは奥さま 冷蔵庫 取っとく暇に食べちゃうわ。
それでは掃除機いかがです 電気代たまって電気点かないの。あっそう~。
こんなことだと最初から 判っていたなら 紋付袴 花婿姿と考えて へらへらした方が 気が楽だ。
恋に生きるも男なら 芸に生きるも男です とか何とか言いながら 気楽に べらべら喋りだす
芸道一途のこの姿 本当に痴楽な物語。
痴楽綴り方教室(狂室)


 「天麩羅屋の竹さんが泥棒に殺されたという事知らないね」、「えぇ!それホントですか」、「新聞に出ているから仕方が無いよ。泥棒が入って物色中に竹さんが目を覚ました。『ドロボー』と大きな声で叫んだ。泥棒腰の刀を抜いて『静かにしろ』と言ったが、竹さん剣術の心得があった」、「そうでしょ。だから殺されるなんて思わなかった」、「それがいけなかったのだね。生兵法は大怪我の基と言うだろ」、「それで・・・」、「竹さん、泥棒が踏み込んでくるところ、体をかわして刀を落とし背後から馬乗りになった。泥棒は匕首を懐に飲んでいて、竹さんの胸を一突きにしたので竹さん一巻の終わりだ」、「話の良いところで切るから嫌いだ。その続きは?」、「竹さん、死んじゃったんだ。家中大騒ぎ。その間に泥棒は逃げてしまった。悪い事は出来ないものだ。5分と経たない間に泥棒は上げられたよ」、「上げられたんですか」、「入った家が天麩羅屋だからね」。
 「これは誰だって引っかかるよ。他でやって来ようかな」、「これはお前さんがぼんやりしていたからで、他でしゃべって竹さんの耳に入ったら気を悪くするよ」、「ダメだよしゃべっちゃ」、「こんな面白い話しゃべらなくっちゃ。『入った家が天麩羅屋だから上げられた』、誰だって分かるよ」。

 「誰か居ないかな。向こうから来る人が良いかな。誰だっけな、思い出せない。もしもし、天麩羅屋の竹さんが殺されたの・・・。あ、しまった、竹さんだ。」逃げてきた。

 「おい、今朝の夕刊見たか」、「朝刊じゃないのか」、「その新聞に載っている天麩羅屋の竹さんが殺されたの知ってるか」、「人間の生き死にの冗談はいけないよ。それに竹さんは友達じゃないか」、「竹さんの所に泥棒が入ったんだ」、「物騒だな。どこから入った」、「電柱登って二階から・・・」、「あすこは平屋だ」、「分からないようにスーッと入って、ゴソゴソやっていた。竹さん目を覚ますと声かけた」、「いらっしゃいませ」、「違うよ。『ドロボウー』と言ったら、日本刀を抜いて掛かってきたが、竹さん剣術が出来るから・・・」、「免許皆伝だ」、「昔からよく言うだろ、生ビール・・じゃない、生卵・・・じゃなくて、生びょうたん・・・」、「それは生兵法は大怪我の基だろ」、「それだよ。泥棒は、ぎゃく・・・、カーッとぎゃく・・・、カァー・・・」、「それを言うなら逆上じゃないか」、「そうだ。それでどうなった」、「お前が言うんだろう」、「竹さん・・をかわしたな」、「何をかわした」、「枕を交わした」、「二人で寝たのか」、「違うよ。恵比寿さんが持っている物。釣り竿ではなく。その先糸でなく、針でなく、餌でなく、鯛だ。体をかわした」、「体をかわすのに恵比寿さんから言うか」、「竹さん刀をたたき落として馬乗りになったが、泥棒が飲んでいた」、「何を飲んだ」、「片口だ」、「片口って何だ。刀の小さいのは匕首と言うんだ」、「匕首を持って竹さんの急所の盲腸、じゃなくて心臓を一突き。その間に泥棒は逃げた。こんなに手間が掛かるとは思わなかった。ふ~~。人間というものは悪い事は出来ませんな。5分と経たない間に・・・どうなったと思う」、「捕まったのか」、「天麩羅屋だから捕まった?違うよ」、「召し捕らえられたか」、「そう、入った家が・・・、違うな」、「上(揚)げられたか」、「そうだ」、「入った家が天麩羅屋だからか」、「知ってたのか。泥棒~」。
 「そーゆう話はトントンと行かなければいけない。相手に感ずかれてしまうよ。で、その話に続きがあるの知ってるかい」、「え。この話に続きがあるのかい」、「当たり前だよ。天麩羅屋のおかみさん、世をはかなんで黒髪ぶっつりと落として尼になってしまった」、「あのかみさんがかい」、「天麩羅屋さんだけあって衣を付けたがる」。 

 


 上方落語『阿弥陀池』を、昭和初期に昔々亭桃太郎(山下喜久雄。(1910~70)柳家金語楼の実弟)が東京へ移植した。このとき登場人物を改変し、『新聞記事』と改題。主な演者にこの柳亭痴楽や三代目三遊亭圓歌などがやっています。  


ことば

痴楽綴り方教室(狂室)(ちらくつづりかたきょうしつ);今回は「笑道一代」ですが、いつ聞いてもおかしいですね。綴り方教室「恋の山手線」と「青春日記 」はそれぞれ「落語の舞台を歩く」に有ります。

先代柳亭痴楽(りゅうていちらく)
 痴楽さんは1921年、現在の富山市の呉羽で生まれ、幼少時に上京。義太夫から落語に転身し、45年、第2次大戦後で第1号の真打ちになった。落語のまくらに使った「つづり方」では、「柳亭痴楽はいい男 鶴田浩二や錦之助 あれよりグーンといい男」「上野を後に池袋、走る電車は内回り、私は近ごろ外回り」といった節回しが受け、「爆笑王」と呼ばれた。後に人間国宝となった柳家小さんさん(平成14年5月死去)らと、若手の花形とされた。

 72年に落語芸術協会の初代理事長になったが、73年、大阪・角座で出演中に脳卒中で倒れ、闘病生活に。93年、東京・新宿で一時高座に復帰したが、 当時の勢いは無かった。同年12月、72歳で亡くなった。

 人気絶頂期に倒れ、約20年間、闘病を続けたため、痴楽さんは、忘れられた存在となり、活動を伝える高座の映像や音声、資料もごく限られているという。

 2003年10月06日富山版朝刊に掲載。 http://hokuriku.yomiuri.co.jp/infos/kurasi/kou_t418.htm 読売新聞・富山版より。落語「恋の山手線」より孫引き。

鶴田浩二(つるた こうじ、1924年(大正13年)12月6日 - 1987年(昭和62年)6月16日);日本の俳優、歌手。本名は小野 榮一。兵庫県西宮市出生。静岡県浜松市出身。昭和を代表する映画スターとして数多くの映画やドラマに主演した。歌手としても多くのヒットを出し、独特の歌唱法でも有名だった。
 戦後派として登場し、その抜群の風貌と時々のぞかせる甘い表情と陰りで一躍トップスターに躍り出た。初期はその甘い表情でアイドル的人気を博したが、中年期からは任侠映画や戦争ものでみせた渋い魅力で、日本映画を代表する大スターとして長らく君臨した。また、独特の哀愁を帯びた声と歌唱法により、歌手としても人気が高かった。
 昭和28年(1953)夏、『野戦看護婦』(児井プロ制作・新東宝配給)ではたった1日の拘束で出演料が300万円という日本映画史上最高額のギャラを得る。これまで松竹との契約ギャラが1本につき180万円で45日間拘束であった。因みにこの年の映画館の入場料は80円であった。花道を通る間に真っ白い着物が女性ファンの口紅で真っ赤になるほど浩ちゃん人気は凄まじく、平凡・明星でも人気投票No.1を守り続け、昭和20年代最大のアイドルとして君臨した。裕次郎以前の映画界において抜群の集客力であった。

錦之助;萬屋 錦之介(よろずや きんのすけ、1932年(昭和7年)11月20日 - 1997年(平成9年)3月10日)は、中村 錦之助(なかむら きんのすけ)として歌舞伎役者、屋号は萬屋、定紋は桐蝶。また映画・テレビの時代劇俳優。映画・舞台制作会社中村プロダクション社長。愛称は萬錦(よろきん)。本名は小川 錦一(おがわ きんいち)。
 昭和時代劇を代表する大スター。歌舞伎俳優から映画・テレビの時代劇俳優に転じて成功。若い頃の芸名は歌舞伎名跡の中村錦之助。抜群の演技力を誇り、大映の市川雷蔵と共に、時代劇若手二大スターとして映画界に君臨した。1971年に小川家一門が播磨屋を抜けるかたちで「萬屋」の屋号を使いはじめてからは萬屋錦之介に改めた。
 映画俳優の道を選んだ錦之助は、美空ひばりとの共演作(新芸術プロ作品『ひよどり草紙』)で映画デビューの後、新東宝を経て東映に移籍。同社製作の映画『笛吹童子』に出演し、これの大ヒットにより一躍スターの座を手に入れた。以後、大川橋蔵や東千代之介らと共に東映時代劇映画の看板スターとなり、日本映画界の全盛期を支えた大スターの一員となった

生兵法は大怪我の基(なまびょうほうはおおけがのもと);少しばかりその道を心得た者は、これを頼って軽々しく事を行うから、かえって大失敗をする。「生兵法は大疵(オオキズ)の基」とも。

匕首(あいくち);合口・相口とも書く。鍔(ツバ)がなく、柄口と鞘口とがよく合うように造った短刀。鐔のない懐中用の短剣。懐剣の類。切腹にも用いる九寸五分(クスンゴブ)。

 「沃懸地(いかけじ)葵紋蒔絵合口」 東京国立博物館蔵 泥棒の持っている合口はこんな高級品では無い。

免許皆伝(めんきょかいでん);師から弟子に芸道などの奥義をことごとく伝授すること。

片口(かたくち);一方だけに注ぎ口のある器。1升瓶から注がず酒を小分けにして猪口に注ぐ器。
右写真;片口

 

 

恵比寿(えびす);日本の神。七福神の一柱。狩衣姿で、右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱える姿が一般的。また、初春の祝福芸として、えびす人形を舞わせてみせた大道芸やその芸人のことも「恵比須(恵比須回し)」と呼んだ。イザナミ・イザナギの間に生まれた子供を祀ったもので古くは「大漁追福」の漁業の神である。時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす神となった。

右写真;エビス ロイヤル セレクション プレミアム缶ビールのトレードマークより



                                                            2015年7月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system