落語「鴻池の犬」の舞台を行く
   

 

 桂枝雀の噺、「鴻池の犬」(こうのいけのいぬ)より


 

 今でもする方はいましょうが、昔は童のお尻を出し前抱きにして、「シーコイコイコイ」とおしっこをさせたものです。

 大店の店先に兄弟らしい3匹の子犬が捨てられていた。ブチ犬と純白犬と黒犬がいた。ころころと可愛かったので、丁稚の常吉が面倒を見ると言うことで、飼うことになった。子犬も丁稚と一緒にお供して買い物から帰って来るまで慣れてきた。

 あるとき、3匹の内黒犬を分けて欲しいとお願いの人が来た。可愛いのだが商売人の店先に3匹も犬がいたのではどうにもならないので、喜んでもらってくれるようにお願いした。「通りかかった者で、主人に話をして、吉日に改めてお伺いします」、と言い残して帰ってしまった。店のご主人、冷やかしの者だと怒り始めた。「犬の子1匹、吉日を選んで・・・、なんてバカなことがあるか」。

 それから10日もした頃、先日の男が紋付き羽織に白扇を持ってやって来た。「本日、お約束の犬をもらいに来ました」。手土産代わりに、鰹節が1箱、酒が3升、反物が2反付いている。旦那さんおかんむりで「あの話は反故にしてくれと冷たい。犬の1匹貰うのにジャコ一掴み、またはカツ節1本で済むのに、程というものがあって、この手土産は何ですか。私らは犬1匹で銭儲けしたと言われたくない。もしかして、連れて帰って肝でも取り出して病人に食べさせるのではありませんか。3日も飼えば情が移るものです」。ビックリした相手は「私は今橋の鴻池善右衛門の手代で太兵衛と申します。お子さんが飼っていた黒犬が死にまして、その犬にこちらの犬がそっくり。ご主人も喜んで直ぐに行けと言いましたが、死んだ犬のこともありまして、吉日を選んで参りました。お腹立ちの事でしょうが、手土産は亭主の喜びの表れとお受け取り願いたいのです。雄犬ですから婿養子という事で、親戚付き合いをさせていただきたいと思います」。
 「鴻池さんなら、この位は当たり前ですね。どうぞお持ち下さい。ま、養子縁組はお断りして、ご主人様、皆様にもよろしくお伝え下さい」。立派な駕籠に乗せられた黒犬は大屋敷の鴻池家へ。

 子供は黒が帰ってきたと大喜び。広い庭に放し飼いで、滋養のある食べ物を食べてガッシリした立派な犬に成長した。外に出て喧嘩をしても負けた事はありません。評判が評判を呼んで大坂一の犬になった。仲裁も上手いし、他の犬の面倒もよく見て犬の世界の親分になっていた。

 春の暖かい日に、外を見ると、ガリガリで痩せ細り毛も抜けた病犬(やみいぬ=病気の犬)が回りの犬に吠えられて、黒の元に逃げ込んできた。生まれを聞くと、黒と同じところであった。兄弟を聞くと「長男は鴻池さんに貰われていった。二番目の兄さんは元気者で、道路に走り出たとき車にひかれて死んでしまった。私は悪い仲間と拾い食いや盗み食いで体を壊し、病犬になってしまった。丁稚さんが自転車の後ろに乗せてくれて、遠いところまで行ったが、私を乗せ忘れて帰ってしまった。やっとの思いで店に帰ると、丁稚さんが棒を振り回して『病犬はあっちに行けと』追われました。捨てられたと初めて解りました。トボトボと歩いていたら、ここに出たのです」。
 「これは、私の弟です」、吠えついた犬が「面目ない」、「病気ならご主人に話して病院に連れて行っても良いし、なんなら湯治に行っても良いぞ」。回りの犬にも弟だから面倒を見てくれと頼んだ。

 奥から「来い来い来ぉ~い」と声が掛かったので、腹空かしているのだろうからと食べ物をもらいに奥に・・・。鯛の浜焼きをくわえてもどってきた。弟犬は豪勢な料理にビックリ。またまた「来い来い来ぉ~い」と声が掛かったので、奥に走り込んで行った。今度はう巻きをくわえてきた。食べた事もないような料理でまたまた、ビックリ。「私は食べ飽きているから、たまには奈良漬けで茶漬けが食べたいくらいだ」。

  「コーイ、コイコイコ~イ」奥からまた声が掛かった。今度はどんな料理かと思いながら走って行くと、しょんぼりしながら戻ってきた。「兄さん、どうしたんですか」、「ぼんが縁側でおしっこさせて貰っていたんだ」。

 



ことば

(いぬ);昭和の頃までは雑種という種類(?)の犬が街を闊歩していたものです。その犬を野良犬と言って、良く見掛けたものですが、最近はペットショップで犬を手に入れるしか方法が無くなって、野良犬も見掛けなくなりました。特に東京ではお座敷犬と言って小型の犬が人気です。鴻池の犬のような大型犬は住宅事情もあって、飼うのも難しくなってきました。どの犬も人間とべったり生活しているので、人間を怖がりませんが、犬どうしだと、ギコチのない対応になってきています。犬は「自分は人間だ」と思っているのでしょう。

 

 ラブラドール・レトリーバー;(上記写真はその子犬)は、大型犬に分類される犬種。元来、レトリーバー(獲物を回収 (Retrieve) する犬)と呼ばれる狩猟犬の一種であるが、現在はその多くが家庭犬として、あるいは盲導犬や警察犬などの使役犬として飼育されている。 ラブラドール・レトリーバーの特徴として、本来の使役用途である網にかかった魚の回収に適した、水かきのついた足があげられる。カナダ、イギリスで登録頭数第1位で、アメリカでも1991年以来登録頭数第1位の人気犬種である。また、洞察力、作業力に優れ、オーストラリア、カナダ、イギリス、アメリカなど世界各国で、身体障害者補助犬、警察犬など様々な用途に最適な犬種として使役されている。ラブラドール・レトリーバーは活発で泳ぐことを好み、幼児から高齢者までよき遊び相手であるとともに保護者の役割も果たす犬種である。 ウイキペディアより。トップの写真も。
 白色の犬は怖さを感じませんが、黒色はドーベルマンを連想させて、手を引っ込めたくなります。それだけ貫禄が有るのでしょう。噺の中の大型犬のイメージとして取り上げていますが、国産犬としては、秋田犬の名が上がるでしょうか。

 現在の日本の人気犬、第1位は、トイ・プードルです。賢くて優しい上に明朗活発な優れ者で、3kg位で扱いやすく、文字通り玩具のようです。2位はチワワでこれも超小型犬、でも意外と気が強い。3位はダックスフンド、胴長短足で猟犬だったので明朗活発な優秀犬です。以下4位以下10位まで、ミニチュア・ダックスフンド、ポメラニアン、ヨークシャー・テリア、パピヨン、シー・ズー、フレンチ・ブルドッグ、柴犬と続きます。ここには小型犬しか入っていません。中型、大型犬はどうしてもランク外になってしまいます。
(2015.07.売り上げ人気ランキング、ペットショップのコジマ調べ)
右図;広重・名所江戸百景より「小梅堤」部分。
下図;;「十二ケ月年中江戸風俗」 山本養和画 絵巻より”犬の喧嘩”部分、江戸後期の江戸。江戸東京博物館にて。鴻池の黒犬は・・・。

ジャコ;雑魚。いろいろな種類の入り交じった小魚。また、小さい魚。取るに足りない魚。

反故(ほご)にする;約束・契約などをなかったことにする。破棄する。

今橋(いまばし);大阪府大阪市中央区にある東横堀川に架かる橋および同橋西詰以西の町名。
 橋は、江戸時代には、橋の西側に平野屋五兵衛、天王寺屋五兵衛など大物両替商が軒を並べ、大阪の金融の中心地であった。また北浜には寛保3年(1743)金相場会所が設けられ、明治11年(1878)証券取引所が設立されるまで、金銀銅三貨の取引がこの地で行われた。元禄の頃の資料に、橋長75.8m、幅員5.5mと記されており、町橋としては規模の大きなものであった。橋のたもとから尼崎方面への乗合船が出ていたとの記録もある。

鴻池善右衛門(こうのいけぜんえもん);江戸時代の代表的豪商の一つである大坂の両替商・鴻池家(今橋鴻池)で代々受け継がれる名前です。
 家伝によれば祖は山中幸盛(鹿介)であるという。その山中鹿之助の子の、摂津伊丹の酒造業者鴻池直文の子、善右衛門正成が大坂で一家を立てたのを初代とする。はじめ酒造業であったが、1656年に両替商に転じて事業を拡大、同族とともに鴻池財閥を形成した。歴代当主からは、茶道の愛好者・庇護者、茶器の収集家を輩出した。上方落語のこの噺「鴻池の犬」や「はてなの茶碗」にもその名が登場するなど、上方における富豪の代表格として知られ、鴻池財閥として銀行等多くの企業を経営していた。明治維新後は男爵に叙せられて華族に列した。
 右図:始祖 鴻池新六画像。鴻池新六直文(幸元)の八男が、初代鴻池善右衛門。名は正成。

手代(てだい);頭に立つ人の代理をなす者。中間管理職。江戸時代の商家では番頭と小僧との中間に位する身分であった。小僧は上方では丁稚とよばれた。

湯治(とうじ);温泉地に長期間(少なくとも一週間以上)滞留して特定の疾病の温泉療養を行う行為。日帰りや数泊で疲労回復の目的や物見遊山的に行う温泉旅行とは、本来区別すべきである。 湯治についてはかかりつけの医師とよく相談し、目的と効能を明確にしてから行うべきである。できれば湯治先の温泉地にも、医師や看護師などから入浴方法や体調の維持などのアドバイスを受けられる体制が整っていることが望ましい。
 素人判断で行う湯治は、効果を半減するばかりではなく、場合によっては悪化させることもあるので要注意である。 犬でも同じでしょう。
 また、江戸時代に東海道を旅する際に、宿場に指定されていた小田原宿ではなく、箱根温泉に宿泊を希望するものが多かった。だが、当時は長期滞在を前提とした湯治客のみが箱根温泉に宿泊できたため、一泊のみの旅行者は泊まることができなかった。その抜け道として、一日だけ湯治を行うとする一泊湯治などと称して箱根温泉に宿泊したという。

 関西以西の湯治場として有名なところは、
三朝温泉(みあさおんせん、鳥取県三朝町);ラジウムおよびラジウムがアルファ崩壊したラドンが含まれており、世界でも有数の放射能泉です。体に浴びると新陳代謝が活発になり、免疫力や自然治癒力が高まります。
俵山温泉(たわらやまおんせん、山口県長門市);pH9.8とアルカリ度がかなり高い。微量のマンガンを含み、古くからリウマチの名湯として名高い。湯は汲み上げではなく、自噴している物を利用している。白猿の湯・町の湯ともに加水なしの掛け流しである。
長湯温泉(ながゆおんせん、大分県竹田市);二酸化炭素(炭酸ガス)含有の温泉で、糖尿病・胃腸病・心臓病などに効能。入湯のほかに飲泉も内臓系に効能が高いが、味は苦渋く、いかにも『胃腸に効きそう』に思われるが、鉄イオンも多いので、飲みすぎると胃炎や下痢を起こすこともある。
鉄輪温泉(かんなわおんせん、大分市);泉質も単純泉、食塩泉、炭酸鉄泉など多彩で、岩風呂・砂湯・瀧湯・露天風呂など、さまざまな温泉が楽しめる。
明礬温泉(みょうばんおんせん、大分県);湯の花(みょうばん)の採取施設である湯の花小屋があり、泉質は、酸性硫化水素泉、緑ばん泉で神経痛・リューマチ・皮膚病に効能があり。
地獄温泉(じごくおんせん、熊本県南阿蘇村);にごり湯。当温泉を代表する浴場。ぬるめで長く入っていられる浴槽と熱めの浴槽がある。温泉は豊富なミネラル成分を含んでおり美肌効果があるといわれている。
等があります。

う巻き(うまき);鰻巻き。蒲焼きを卵で巻いた料理。
 右写真;う巻き。これに大根下ろしを付けて出されると最高です。



                                                            2015年9月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system