落語「出来心」の舞台を行く
   

 

 三笑亭夢楽の噺、「出来心」(できごころ。花色木綿)


 

 泥棒の商売は親方のところに弟子入りして、立派になるのが常道です。でも、チョットその道に外れているのが居るので、注意すると「これからは、真面目に泥棒稼業に精を出します」と言うから、許した。
 皆に褒めてもらいたいので、先日土蔵を破って忍び込んだ、そこは石だらけで上を向いたら星が見えた。お寺の壁を破って墓地に入ったが盗むモノは何も無いので、新しい卒塔婆(そとうば)を盗み出した。親分が死んだときに削って使える。今度は広い庭のある家に忍び込んだ。庭に入ると、築山があって、芝生もあり、池もあった。そこは日比谷公園だった。

 今日は空き巣について教えてもらった。「『ごめん下さい』と玄関を入って返事がなかったら、上がり込んで手早く盗み出すんだ。入ったら逃げ道を調べておく、裏から帰って来たら表に、表から来たら裏に逃げるんだ。お前はドジだから、つかまったら暴れないで謝っちまう。『家には歳取った親が居まして、八つを頭に4人の子供が居ます。出来心ですから勘弁してください』と言うんだ。そうすると助けてくれる。分かったな」、「分かった」、「人が出てきたら、何や何兵衛さんのお家で無いでしょうかとか、何丁目何番地は何処でしょうかと聞くと教えてくれる。分かっても分からなくても『アリガトウございました』と言って引き下がる」、「行ってきますから風呂敷貸してください。返しに行くの面倒だから」。
「分かりましたから、行ってきます」。

 「こんちわ。お留守ですか」、「こらこら、隣からやっちゃいけねェ」。

 「ここから手始めにやるか。ごめん下さい」、「はい、どなた」、「さようなら」、「お竹、履き物大丈夫かィ」。今度は玄関に人が座っているところに入ってしまった。次の家では「こんちわ」、「おぉ、チョット待ってろ」、「いるんだったら、良いんです」、「なんだそれは」、親分の言ったことを思いだして「何丁目何番地は何処でしょうか」、「何丁目何番地とは何んだ」、「何や何兵衛さんのお家は知りませんか」、「ハッキリ言え」、「イタチ最後兵衛さんは」、「そんな臭い名前は知らねェ」、「スイマセン、隣で聞きますから」。
 格子が開いている家があった。上がり込んで落ち着くためにたばこを吸って、お茶をいただいて、羊羹を摘まんだ。途端に声が掛かってビックリした弾みに羊羹が喉に引っかかって、主人に背中を叩いてもらった。「少々お尋ねします」、「羊羹食べてから、ものを聞くな」、「この辺に、イタチ最後兵衛さんは居ませんか」、「早く言いなよ、それは私です」、泥棒先生、面食らって何を言ったかも分からず、玄関から飛び出してきた。下駄を忘れて。

 汚い長屋に入ってきた。金のありそうな家は無いが、中には有るかも知れないと、誰も居ないような家に入る。「空き家に入ってしまった。ん、越中褌が干してあるよ。人が住んでいるんだ、だが何も無い家だ」。そこに男が帰ってきた。逃げ道の奥は無い突き当たり。台所の羽目板をめくって中に隠れた。
 「あれ~、足跡が付いている、泥棒が入った、大変だ。待てよこの暮れになって家賃の催促を伸ばしてくれるだろう。ありがてェ」、大家さんを呼んで、家賃の件は待ってもらって、何を盗まれたか問いただされた、「大家さんの所の布団と同じ、夜具の表は唐草模様、裏は丈夫な花色木綿」、「何組だ。一組としておこう。着るものでは何だ」、「羽二重。裏は花色木綿」、「裏にそんな物は付けない。他にあるか」、「蚊帳。裏に花色木綿」。

 あまりにもバカバカしい話なので、「みんな裏は花色木綿だなんて」、と笑っていた。「誰だ。出て来い。お前だな泥棒というのは」、「冗談じゃねェ。泥棒というのは人の物を盗むことだ。俺は何も取っていない」、「取っていなくても、人の家に入れば泥棒だ」、「家には64歳になる息子が4人居て、8歳になる親が居ます。出来心ですから勘弁してください」、「出来心なら許してやろう。八公は嘘ばかり並べて勘弁ならない。何でそんなに嘘ばかり言うのだ」、
「ほんの、出来心でございます」。

 



ことば

泥棒(どろぼう);寄席では三坊と言って“けちん坊”、”泥坊”、”つん坊”
の噺はいくらでもやっても良いとなっている。ケチは寄席には来ない。また、泥棒を悪く言っても、泥棒からクレームは来ないし、耳の聞こえない人は当然寄席には来ない。
  広辞苑では、ぬすびと。盗賊。また、盗みをすること。
 六法全書では、泥棒は刑法第235条の「窃盗罪」です。他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。未遂についても罰則が来ます。チョット難しくなりますが、
「ひったくり」は暴行の程度によっては窃盗ではなく強盗となる。 例えば、スパーで万引きして、店員に追いかけられ、その手に噛みついたら、窃盗では無く、強盗です。くれぐれも、噛みつかないように。逃げる最中に暴力を振るっても強盗です。酒などを飲ませ、意識が無い者から盗んでもイケマセン。盗まれた物を取り返そうとして盗んでもイケマセン。

江戸時代には、
・ 家内へ忍び入り或は土蔵を破り候類、金高雑物の多少に依らず死罪。但し、昼夜を問わず、戸を開くるこれある所、又は、家内に人これ無き故、手元にこれ有り軽き物を盗み取り候類、入墨の上重敲(たたき)。
・ 家宅侵入又は土蔵の鍵を破って盗みを犯したのは死罪。但し、戸締りが緩かったり留守宅で、軽い窃盗であれば減刑するもの。
・ 手元にこれ有る品をふと盗み取り候類、金子は拾両より以上、雑物は代金に積十両位より以上死罪 金子は拾両より以下、雑物は代金に積十両位より以下入墨敲。 これが有名な、「十両盗めば死罪」の条項。
・ 軽き盗いたし候者敲 一旦敲になり候上軽き盗みいたし候者入墨 軽微な窃盗と累犯規定。

卒塔婆(そとうば);サンスクリット語でストゥーパ。もとは釈迦の遺骨を納めた聖なる塚のこと。仏教の広まった各地で、これをかたどった塔(同じく卒都婆と呼称)が作られるようになり、仏の体を表すものとして、礼拝の対象となる。後に墓標、死者を供養する塔としても用いられるようになった。また高野山など、聖地への道しるべとしても建てられた。板塔婆。

 右図;芳年の作品「卒塔婆の月」。お能で有名な七小町のひとつ、卒塔婆小町として有名な場面です。
 卒塔婆の上に座って休んでいる老婆がいます。顔はしわだらけで破れ傘を肩に掛け、腰は曲がり、一本の杖にすがりおちぶれた姿です。しかし顔立ちは気品にあふれ、若い頃の優雅さが偲ばれます。百歳になった小野小町の姿です。この老婆を高野山の僧が諌めます。ここから、形と心、善と悪、煩悩と菩提、仏と衆生について老婆と高僧の問答が始まります。高僧はこの老婆に論争で負けてしまいます。小野小町は若い頃に袖にした深草少将に取り憑かれていたのです。
 人はみな老いていきます。小野小町も同じです。
百人一首の「花の色はうつりにけりないたずらに、我が身よにふるながめせしまに」という句が浮かんできます。

越中褌(えっちゅうふんどし);(細川越中守忠興の始めたものという) ふんどしの一種。長さ100cm程度(3尺)、幅34cm程度(1尺)の布の端を筒に縫い、その筒に紐を通した下着である。一部ではクラシックパンツ、サムライパンツとも呼ばれている。医療用の下着であるT 字帯も越中褌の一種。禊(水行)の時に使われる場合が多い他、一部の裸祭りでは六尺褌に代って、こちらが使われる場合がある。 その着装法は、『守貞漫稿』によれば、「紐を通したる方を背にし、紐を前に結び、紐方を前の紐に挟む也」という。
右写真;水垢離、本所・妙見堂にて。

台所の羽目板(だいどころのはめいた);台所の流し前の床に作られた床下収納庫の上蓋。その床板は剥がされるように出来ていて、その板を剥がすと床下になり、泥付き野菜、酒瓶、漬け物樽などが置かれた。

家賃の催促(やちんのさいそく);借家なので毎月きちんと家賃を納めなければいけないが、諸事情が重なって滞納すると、大家から納付の催促が来ます。その事情に泥棒が入ったとの言い訳を思いつきます。

唐草模様(からくさもよう);織物・染物・蒔絵などで、蔓草のからみ這う形を描いた文様。唐草。忍冬(ニンドウ)唐草・葡萄唐草・宝相華唐草・蓮華唐草など種類が多い。今では和風では風呂敷、獅子舞の胴に多く使用される。

 

忍冬唐草(にんどう からくさ); スイカズラ(忍冬)のような蔓草(つるくさ)を図案化した唐草文様。

葡萄唐草(ぶどう からくさ);ブドウの柄を文様とした物(下左)

宝相華唐草(ほうそうげ からくさ);唐草に、架空の5弁花の植物を組み合わせた空想的な花文。中国では唐代、日本では奈良・平安時代に装飾文様として盛んに用いられた。(下中、MOA美術館)

蓮華唐草(れんげ からくさ);赤の地色に、複雑に蔓がからんだ大きな蓮華を配した紹巴です。仏教とともに日本に渡ってきた蓮華文は、さまざまな仏教関係の装飾に用いられています。(下右、MOA美術館)

花色木綿(はないろもめん);花色(はないろ)もまた縹色(はなだいろ・下記色見本)および露草色と同じ由来を持つ。花色という名前はもともと縹色の別表記「花田色」が省略されたものであり、花はツユクサを示す。すなわち本来はツユクサの花の色を表しており、縹色とまったく同じ色を表していたと思われる。現在でも縹色と同一視する場合もあるが、時代を経るなかで縹色よりもやや紫みの強い色をさすことが多くなった。江戸時代に着物の裏地として用いられた木綿の藍染のことを一般に花色と称しており、用途によって色名が区別されていったことが考えられる。
右図;ツユクサ。
ウイキペディアより

 花色(はなだいろ。淡藍色。)に染めた木綿織。多く裏地に用いる。広辞苑

 ジーンズに染められているあの紺色ですが、使われると色がだんだん薄くなってきます。その色の幅があるように、花色にも幅があります。しかし、裏地に使う生地はあんなゴワゴワの生地ではありません。仕事着で丈夫一点張りの着物の裏生地にも使われます。田舎侍が好んで使われた裏地は、浅葱(あさぎ)色で、緑がかった薄い藍色(バックの色)。

羽二重(はぶたえ);経糸に生糸、緯糸に2本撚りの生糸を織り込んだ、緻密で肌触り良く光沢のある平組織の上質な白生地。主として紋付の礼装に用いる。福井・石川・富山などが主産地。
 白く風合いがとてもよいことから、和服の裏地として最高級であり、礼装にも用いられる。 日本を代表する絹織物であり『絹のよさは羽二重に始まり羽二重に終わる』といわれる。

 ここからなめらかな肌触りの物を羽二重○○と言われる。羽二重餅、羽二重肌、羽二重ティシュー、羽二重苺、羽二重焼・・・等の多くの商品があります。



                                                            2015年1月記

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