落語「ラーメン屋」の舞台を行く
   

 

 五代目古今亭今輔の噺、「ラーメン屋」(らーめんや)より


 

 「近頃は若い人がラーメンをよく食べてくれるね。今までは3時頃までやっていたが、今では1時過ぎには売り切っちゃうね」、「今日は切り上げようか」、「まだ早いんじゃないですか」、「もう12時半だよ」、「家に帰ったって孫が居るわけでは無いしね」、「当たり前だ。子供がいないのに孫が居るかィ」、「お爺さん。もう子供は無理かしらね」、「六十八になって子供が出来たら世間の笑いものだ。結婚したての頃は子供の予算を立てていたもんだ。神様の授かり物だからしょうが無いよ」。

 「ラーメンくんな」、「いらっしゃいませ」、「老人がやっているから汚らしく思いますが、一度来たお客さんは裏を返してくれますよ」、「おまちどうさま」。
 「どうも、ありがとう」、「(小声で)お爺さん、幾つぐらいだろうね」、「二十二三かな」、「お爺さんに良く似ていますよ。鼻があぐらをかいて上を向いているところ。ほらほら、あの息の付き方」、「バカ婆、誰だって息の付き方は同じだ」。
 「おじさん、お替わりくんないか」、「へい。ありがとうございます」、「嬉しいじゃないですか。初めて来ていただいてお替わりなんて・・・。お味はどうでしたか」、「腹が空いていて食べちゃったから、良く分かんなかった」、「おまちどおさま」。
 「(小声で)お爺さん、盛が悪くないかい」、「そんな事は無いよ」、「若い人が来たら盛を良くするとか・・・」、「そんなバカな事出来ないよ」。「あ~、旨かった」、「どうです。もう一杯」、「じゃ~、もらうかな」、「初めてのお客さんで嬉しいじゃないですか」、「俺は昼飯食っていないんだ」、「だったら3杯位御の字ですよ」、「おまちどおさま、豚がオマケになってますからね」、「アリガトウ」。「(小声で)お爺さん、仕事が忙しくて食べなかったのかね、お金が無くて食べなかったのかね。お金の無い人からもらえないし、無かったら私はどうしましょう」、「そんな心配しなさんな」。
「あ~ぁ、旨かった」、「食べっぷりが良かったんで、もう一杯食べてくれたら、タダで良いですよ」、「バカ婆、余分な事言うな。女は口数が多くていけませんや」。「おじさん、この近所に交番は無いかな」、「交番有りますよ」、「俺を交番に連れて行ってくれないか」、「どうしたんです」、「無銭飲食で突き出してくれ。一文無しなんだ。今晩泊まる宿賃も、明日の朝に食べる食事代も無いんだ。ブタ箱はタダだし朝飯も付いている。出たらラーメン代はきっと届けるからな。助けると思って交番に・・・」、「で、商売は何をしているんですか」、「俺はこれと言って決まった仕事は無いんだ」、「親御さんは」、「両親は物心付いたときには死んじゃったんだ。他人の世話になって、中学3年の時、中途退学して工場に通った。自由労務者もしたが家族も家も無いし、真面目に働く事がイヤになっちゃった」、「そうですか。その後は聞かなくても分かります」。
 「婆さん、終わるから支度してくれ」、「(小声で)お爺さん、この人を交番に突き出すのかね」、「私に任せておきな」、「お客さん一緒に行きましょう」、「お客じゃ無いいんだ」。「婆さんしっかり押しなよ」、「押してますよ。お爺さんが意気地が無くなったんですよ」、「俺が引いてやろう」、「とんでもないお客さんに・・・」、「金無しなんだから。俺に引かせてよ。お婆さん、押さなくても良いよ」、「お爺さん、家の前まで運んでくれると良いんだがね」、「家の前までお願いしますよ」、「俺は交番に」、「急ぐんですか。それから交番に行っても良いんでしょ」。「屋台は長いんですか」、「定年退職してから始めたので、今年で十五六年になりますか。7時に屋台を出して3時頃まで商売しますが、最近は皆よく食べてくれます。それで、1時か1時半には仕舞います。今日は特別忙しく12時半に終わりました」、「子供でも居るのか」、「居ませんよ。あの婆と二人っきりです」、「そんなに仕事をしたんでは金が貯まるだろう」、「捨てるわけにはいきませんから貯まりますよ」、「アッ、そこを曲がって、隅に置いてください」。

 「お茶でも飲んでいきませんか」、「俺は交番に行かなければ・・・」、「慌てる事は有りません。夜通しやっていますから、お茶ぐらい飲んでからでも・・・」。「さぁ、さぁ上がってください。6畳と4畳半だけです。毎晩飲みますので、一緒にどうぞ」、「俺は交番に・・・」、「急ぎますか」、「お爺さん、用意出来ました」、「(グイグイ)、旨いな~、仕事が終わって飲む酒は旨い」。「お爺さん、運んでもらった労働賃金はどうなっていますか。人手不足の折り、深夜に屋台引いて貰ったんですよ。ラーメン三杯分は、トントンじゃ無いんですか」、「そうだな。そうだ、今婆さんが言ってたのを聞いていたでしょ、差し引きにしておきましょう」、「おじさん、それはダメだよ。今晩泊まるところも無いんだ」、「家に泊まって行きなさいよ。ブタ箱より良いでしょうから。明日は婆さんが早く起きて暖かい飯を炊いてくれますよ。海苔ぐらい付けますから・・・」、「おじさん、俺はグレタ人間だ。夜中に人間が替わって泥棒でもするかも知れない」、「婆さん、今日の売り上げは茶箪笥の上に乗せておいてくれよ。今日、銀行に行くと言ってたが忘れたろう。風呂敷に包んで持ちやすいようにして、茶箪笥の上に乗せておいてくれよ」、「おじさん、俺に泥棒をしろというのかィ」、「ご冗談でしょ。明日の事を婆に言い付けただけですよ。婆さんは1杯上戸なんだ。寝ると夜中に起きる事は無いんだ。『婆さん、今夜は2杯飲んで寝なよ』。私も飲みますから貴方もグッとやりなさい」、「婆さん、豚でも切って持ってきなさい」、「どうぞ」、「一緒にやりましょう」。

 「あんたに頼みたい事が有るんだがね。聞いてくれないかナ~」、「頼みって何だ」、「先程も言った様に、子供がいないんだ。隣で『お父っつあん』『おっ母さん』と言う声が聞こえると、無性に羨ましいんだ。で、あんたに『お父っつあん』と呼んで欲しいんだ」、「おじさん、俺は生まれた時から『お父っつあん』『おっ母さん』と呼んだ事が無いんだ」、「お互いに初めてで、良いじゃ無いですか」。
 「お爺さん、そんな事、人様に頼んで良いんですか」、「そんな事言ったって、子供が無いんだから赤の他人様に頼むほか無いじゃないか」、「頼むんだったら、手数料払ったらどうですか。(小声で)お爺さん、金が無いから悪い事するんですよ。お金を持たせて帰してあげなさいよ」。
 「ここに100円あります。『お父っつあん』と言ってくれませんか」、「俺に出来るかな」、「日本語で良いんですよ」、「やるよ。『おとっ・・』『お父・・・』旨く言えないな~。目をつぶるよ」、「私も目をつぶって聞きます。ではどうぞ」、「『お父っつあ~ん』」、「エヘヘヘ、気持ちいいな~」。「今度は私ですよ。200円出しますから『おっ母さん』と言って下さいな。今みたいに石焼き芋みたいに言わないで、優しく『おっ母さん』と言って下さいな。私が続けて『何だい』と言いますからね」、「目をつぶって言うからね」、「私も目をつぶりますよ」、「『おっ母さん』」、「何だい。(涙ぐんで)お爺さん、イイ気持ちだね~」。
 「今度は俺の番だ。あんたの名前呼ぶからね」、「そそっかしいねお爺さん。名前が分からないじゃないですか」、「名前聞いちゃいなかったな。何て言うんだ」、「安雄と言います」、「安雄さんか、呼び捨てにしますからね。300円ですから・・・。『安雄』」、「何だいお父っつあん」、「(泣き声で)300円では安いや。もう一度」、「お爺さんの専属では無いんですからね。今度は私の番ですよ。500円出しますから、今度は小言を言いますからお願いしますね。『何だねこの子は、夕方だって言うのに何処をのたくって歩いているんだい、お母さんはね、夕飯を食べようと思ってお膳立てしてもお前がね姿を見せないんで心配で心配で喉を通らないよ、安雄』」、「(涙声で)おっ母さんゴメンね」、「イイ気持ちだね、お爺さん」。
 「今度は俺の番だ。1000円出すから・・・」、「もう止めましょうよ。私も胸が痛くなってきた。こんな事、初めてですよ。止めましょうよ」、「ま、ま、まぁ~。一晩中やりましょうよ。1万や2万にはなりますよ。では、もう一度だけ。今までは目をつむっていたが、目を開いて言わせて下さい。『お父っつあん、ラーメン屋なんかよしてくれよ、俺はもう子供じゃ無いんだからな、俺に任せてくんな』と胸をドンと叩いて下さい。1000円ですから難しくなりますよ」、「『お父っつあん、ラーメン屋なんかよしてくれよ、俺はもう子供じゃ無いんだからな、俺に任せてくんな』」、「安雄、おめえがそ~言ってくれるのはありがたいが、嫁を貰った、孫が出来た、孫にオモチャの一つでも買ってやりたいからな安雄。もう少し俺にラーメン屋をやらしておいてくんな」、「泣き声になって・・・言葉も出ない・・・」、「婆さん、良かったな。うれし涙にくれるなんて初めてだ。アリガトウよ」。「(泣き声で)金はもう要らないから、俺の話も聞いてくれないかな」、「え~、何ですね」、「これから・・・、ず~っと・・・、『せがれ』って、呼んで欲しいんだ」、「(泣き声で)へへへへ、へぇ。ハハハハ・・・。せがれ・・・」、「何だい。お父っつあん」。
善人の目に、悪人無しとはこのことでしょう。ラーメン屋という一席でした。

 



ことば

五代目古今亭 今輔(ここんてい いますけ);(1898年(明治31年)6月12日 - 1976年(昭和51年)12月10日)群馬県佐波郡境町(現:伊勢崎市)出身の落語家。本名は、鈴木 五郎(すずき ごろう)(旧姓:斎藤)。生前は日本芸術協会(現:落語芸術協会)所属。出囃子は『野毛山』。俗にいう「お婆さん落語」で売り出し、「お婆さんの今輔」と呼ばれた。
 『お婆さん三代記』、『青空お婆さん』、この噺『ラーメン屋』、『葛湯(くずゆ)』『妻の酒』『ダイアモンド』といった新作がほとんどであるが、古典怪談噺は本格派で、『江島家怪談』、『もう半分』、『藁人形』、『死神』などを得意とした他、『ねぎまの殿様』、『囃子長屋』などの珍品や芝居噺の『もうせん芝居』、三遊亭圓朝作の長編人情話『塩原太助一代記』など。 素噺の達人と評されたが、上州訛りに苦労した末に新作派に転向した。 米丸時代からSPレコードを吹き込み、戦後も多くの録音が残している。
 「古典落語も、できたときは新作落語です」というのが口癖で、新作落語の創作と普及に努めた。弟子たちに稽古をつける際も、最初の口慣らしに初心者向きの『バスガール』などのネタからつけていた。だが、もともとは古典落語から落語家人生をスタートしていることもあって、高座では古典もよく演じており、一朝や前師匠小さんに仕込まれただけあって高いレベルの出来であった。特に『塩原太助一代記』は、自身が上州生まれだったこともあり人一倍愛着が強く、晩年は全編を通しで演じていた。
ウイキペディアより 落語「妻の酒」より孫引き

ラーメン;中華麵とスープ、様々な具(チャーシュー・メンマ・味付け玉子・刻み葱など)を組み合わせた麵料理(ただし具を入れない場合もある。)出汁(だし)、タレ、香味油の三要素から成るスープ料理としての側面も大きい。漢字表記は拉麵、老麵または柳麵。別名は中華そばおよび支那そば・南京そばなどである。 日本では、明治時代に開国された港に出現した中国人街(南京街)に中華料理店が開店し、大正時代頃から各地に広まっていった。日本風に仕立てられ独自の発達をし、現在ではカレーライスと並んで「日本人の国民食」と呼ばれるほど人気の食べ物となり、中華人民共和国や中華民国では日式拉麵(日式拉麵/日式拉面)または日本拉麵(日本拉麵/日本拉面)と呼ばれている。英語表記は、オックスフォード英語辞典によるとramen、Chinese noodles。

 ラーメンは江戸時代末に開港した横浜・神戸・長崎・函館などに明治時代になると誕生した中華街(当時は南京町と呼ばれた)で食べられていた中国の麺料理をルーツとするものである。 明治43年(1910)、東京府東京市浅草区に初めて日本人経営者尾崎貫一が横浜中華街から招いた中国人料理人12名を雇って日本人向けの中華料理店「来々軒」を開店し、大人気となった。その主力メニューは、当時は南京そば・支那そばなどと呼ばれたラーメンだった。ラーメン評論家の大崎裕史はこの年を「ラーメン元年」と命名している。 この店の成功を受けて日本に続々と庶民的な中華料理店が開店し、ラーメンは餃子やシュウマイなどとともに定番メニューとして広まっていった。戦後は中国からの引揚者によるラーメン屋台も多く出現した。約100年の歴史の中で、さまざまなアレンジが加えられていき、中国やベトナムなどのアジアの麺料理とは異質な日本独特の麺料理に発展・変化している。ラーメンはラーメン専門店、中華料理店、レストラン、屋台などの外食で提供されている。即席麺・カップ麺は海外に輸出している。

 現在では名称は「ラーメン」「らーめん」と表記されることが多いが稀に 「らうめん」 や「らあめん」 表記されることもある。「中華そば」とも表記されるが、呼び方が違うだけで料理は同じものである。時代とともに南京そば→支那そば→中華そば、と日本での呼び名は変わっていき、ラーメンという呼び方を広めたのは、昭和33年(1958)に日清食品が発売した世界初のインスタント麺「チキンラーメン」であるともいわれている。ブラジルでは即席ラーメンをLamenまたはMiojio(明星食品の意味)とよぶ。

 

 日本のラーメン原点ともされる醤油ラーメンでは、鶏ガラを基本に、野菜と削り節や煮干しで味を整えたものが主流である。また、「昔風」を標榜しているラーメンも同様のダシを使用することが多い。日本蕎麦屋だとか屋台のラーメン屋では醤油ラーメンが多い。
 醤油ラーメンでは叉焼(チャーシュー)とメンマ(シナチク)とネギが主流で、ホウレンソウやワカメ、海苔を足す事もあります。噺の中で「婆さん、豚持って来い」とは、生きた豚を連れてくるので無く、チャーシューのことです。

屋台(やたい);屋台店(やたいみせ)。屋根が付いた移動可能な店舗。飲食物や玩具などを売る。当初、蕎麦屋は「振り売り」形式の屋台が多く、寿司屋は「立ち売り」形式の屋台が多かった。 世界各地に様々な形態の屋台がある。初期の形態としては、天秤棒で担いで売り歩いた形態があったが商品を多く運べないのが欠点。リヤカーのように可動式の店舗部分を人力、自転車、オートバイで牽引するものや、テントのように組み立て型の骨組みをもとに店舗を設置する場合もある。またトラックの荷台の部分を改造したものもある。似た言葉として露店(ろてん)があるが、露店は移動式とは限らず、歩道上に物を並べて販売したり、建物の店先で物を売る店も含まれる。  

 屋台のラーメン屋さんはめっきり少なくなりました。道交法で路上に長時間止まっていたのでは、駐車になるからいけないと言い始めて、数が激減しました。また、保健所のほうから衛生管理がしっかり出来ていないじゃないかと言う事で、益々その陰を消していきました。リヤカーで引っ張る同じような『おでん屋』さんも同じように姿を消しました。確かに言っている事は正しいのですが、人間らしさが無くなりました。
右写真:放置された屋台

裏を返して;遊廓や粋筋では、最初に来たお客さんを『初会』と言い、二回目に来たときには『裏を返す』と言います。三回目から初めて『なじみ』となって、常連さんになります。この屋台のラーメン屋さんでも同じように言うのでしょうね。お婆さんが「裏を返す」と言うのは、よほどお爺さんから教育されていないと、この単語は出て来ません。また、お婆さんが若いときに、その方面で働いていたのかと思われますよ。

交番(こうばん);交替で番をするところの略称。日本の警察が設置している施設で、市街地の各所に設けられた警察官の詰め所のこと。 通常は警察署地域課の警察官が勤務している。英訳語としては通常ポリスボックス (police box) が当てられるが、英語圏のポリスボックスと日本の交番は異なるとの考えからそのままコーバン (kōban) とされることもある。 警察用語では「PB」と呼ばれている。このシステムが輸出されて、治安が良くなったと各国で好評です。
写真:大正頃の交番。江戸東京たてもの園保存

労働賃金(ろうどうちんぎん);時代を表す言葉で労働賃金とは言わず、今は単に賃金といいます。労力を提供したものが、報酬として受け取るお金のことをいう。

ブタ箱;警察所に設置されている被疑者・容疑者を留置したり、勾留された被疑者を収容するための代理監獄として用いられる収容所の俗称である。 江戸時代までは牢屋が一般的であった(牢は牛(馬)を入れておく檻の意)。 しかし、豚肉を食すようになり、豚を家畜として飼うようになるとブタ箱と呼ぶようになる。

1杯上戸(いっぱいじょうご);酒飲みのクセで、酒をコップ一杯飲めば出来上がってしまう強さ(弱さ)の酒飲みの事。



                                                            2016年8月記

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