落語「小言念仏」の舞台を行く
   

 

 十代目柳家小三治の噺、「小言念仏」(こごとねんぶつ)より


 

 宗教にも陰陽がありますようで・・・、「南無阿弥陀仏」と来れば頭が自然と下がり、陰でしょう。「南無妙法蓮華経」と来ればウチワ太鼓を叩きながら賑やかで陽でしょう。
 信心深い方は毎朝、神棚の榊(さかき)を取り替えたり、仏壇の前でお題目を唱えますが、永くやっていると形だけ残って、念仏を唱えながら小言を言っているという不届きな方がいます。

 「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ(扇子を木魚に見立て、リズムを取りながら)ナムアミダ、(回りをキョロキョロしながら)、ナムアミダ、オイ、婆さん、仏壇の天井に蜘蛛の巣が張ってるよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、お花を取り替えなさいよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、お花を取り替えなきゃ~、水だけでも取り替えればイイんだ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、(お題目もだらけてきた)ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、誰だい、お線香を斜めに立てたのは、灰がこぼれて汚れちゃうよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、たまには、この線香立ての灰をふるいに掛けたら・・・」。
「ナムアミダ、見ろよ、線香よりマッチの軸の方がイッパイ立っているじゃないか」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、仏様、マッチの軸を立てたって喜ばないよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、なんだい、もうお盛り物を下げちゃったんかい、上げるより下げる方が早いんだな。皆、生き仏が食っちゃうんだから」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、あれは安い方を上げといたんじゃ無いぞ、俺にもひとつ取っておいてくれよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、子供起こして学校にやらないと遅くなるぞ~ッ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、鉄瓶がたぎっているよ。ナムアミダ、鉄瓶がたぎっているよ、蓋を切らないと吹きこぼれるじゃないか」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、オイ、こちらに赤ん坊が這って来たぞ」。
「ナムアミダ、そっちに連れて行きな。お念仏の邪魔になるじゃないか」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ナムア飯が焦げ臭いぞッ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、なに、『家じゃありません、お隣です』、お隣だって飯が焦げたって良い訳ないだろう。教えてあげな、若夫婦なんだから」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、兄ちゃん、起きてきたら学校行く支度しないとダメだよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、赤ん坊からかっていちゃダメだよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、静かにしなさいよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、うるさいてんだよ、本当に。赤ん坊からかったら。ウルサいと思ったら菓子を取り上げて食ってるな。何食ってるんだ。旨いか。半分おくれ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、(念仏唱えながら菓子を食っている)、早く学校行かないと先生に怒られるゾ。通信簿見てみろ、乙ばっかりだ。『丙も有ります』そんな事自慢になるか」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、早く赤ん坊をそっちに連れて行きなよ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、早く赤ん坊をそっちに連れて行きなよ、変な顔して俺の顔を覗き込んでいるゾ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ~。(赤ん坊に向かって)バァッ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、赤ん坊がなにか考えているから気を付けろ~」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、何かあるんだッ、どかせ。アッ、やっちゃった。言わないこっちゃ無い。鉄瓶の湯をこぼして、雑巾で拭きな」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、畳の目なりに拭くんだ。その位、言われなくったって分かりそうなもんだ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、なんだよ『おつけの実何にしますか』今頃になってそんな事言ってるのか。そんな事は寝る前に考えておきなさい」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、『お芋を入れましょうか』だって、今すぐ煮えないだろう。硬いの食ったら屁ばっかり出るよ」。

 「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、表にドジョウ屋が通るから呼べ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ドジョウ屋入れるんじゃ無い、ドジョウを入れるんだ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、早く呼ばないとドジョウ屋行っちゃうぞ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、もっと大きな声で呼ばなかったら、ドジョウ屋に聞こえないだろう」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、早く呼ばなければ。(表に向かって、大きな声で)ドジョウ屋ッ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ドジョウ屋ッ~。ナムアミダ~。ドジョウ屋、ドジョウ屋、ん?あべこべになっちゃった。こっちだ、こっちだ。細かいのが良いんだ。柳ッぱと言うところが良いんだ。百目いくらか聞いてみな」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、12銭?、高いよ」。
「ナムアミダ、2銭負けときな」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、負けたか、だったらもう少し負けさせるんだったな」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、洗ったらこっち持ってきな。鍋に入れるんだよ。入れたら蓋をして、隙間から酒を入れるんだ。そうするとドジョウが酒を吸って旨くなるんだ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ドジョウが苦しがっているだろう、『平気です』。構うことは無い、そのまま火に掛けろ。蓋を押さえていろ。中からバタバタ暴れるて飛び出すといけないから・・・」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、『ゴトゴト言ってます』、それは苦しがって暴れているんだ。ははは、面白いな」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ、大分静かになったな。蓋を取ってみろ。『腹を出してみんな死んじゃった』、ははは、ざまあみろ」。
「ナムアミダ、ナムアミダ、ナムアミダ・・・」。ひどい奴が有るもんで・・・。小言念仏という噺でした。 

 



ことば

五戒(ごかい);〔仏〕在家の守るべき五種の禁戒(キンカイ)。不殺生(フセツシヨウ)・不偸盗(フチユウトウ)・不邪淫(フジヤイン)・不妄語(フモウゴ)・不飲酒(フオンジユ)。

不殺生(フセツシヨウ);〔仏〕生きものを殺すこと。狩猟・漁労などをもいう。殺生戒と言って、〔仏〕五戒・八戒・十戒のひとつ。殺生を戒める戒律。仏様の前で生き物を殺すなんて、何のためのお題目なのでしょう。

不偸盗(フチユウトウ);人の物を盗み取ること。仏教では五悪・十悪のひとつ。ぬすびと。盗賊。これらをしてはいけない。

不邪淫(フジヤイン);妻または夫以外の者と淫事を行うことを戒める。今の言葉で言うと浮気でしょうか。

不妄語(フモウゴ);うそをつくこと。虚誑語をしてはいけない。妄語戒の略。でも、嘘も方便とも言う。

不飲酒(フオンジユ);酒を飲むことを戒めた。般若湯なら良い?

南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ);阿弥陀仏に帰命するの意。これを唱えるのを念仏といい、それによって極楽に往生できるという。六字の名号。「南無阿弥陀仏」とは「わたくしは(はかりしれない光明、はかりしれない寿命の)阿弥陀仏に帰依いたします」という意味。
この噺の主人公は「ナムアミダ」とか「ナンマイダ」と発音しています。

右写真:仏壇は昔からの家具調からモダンタイプまで様々な形があります。また宗派によっても違い、中の飾り付けも違ってきます。そのうえ、最近では犬猫の仏壇もあって、人間の仏壇には入れてはいけないと言います。

柳ッぱ(やなぎっぱ);蒲焼きが出来るほどの大きなドジョウより、柳の葉位の大きさ(小ささ)のドジョウを好みとしている。

ドジョウ;【泥鰌・鰌】(江戸時代にはしばしば「どぜう」と書いた) ドジョウ科の硬骨魚の総称。またその一種。全長約15cm。体は長く円柱状。口は下面にあって、まわりに5対の口ひげがある。体の背部は暗緑色で、腹部は白く、尾びれは円い。淡水の泥の中にすみ、夜出て餌を探す。腸でも呼吸できる。日本をはじめとした東アジア地域では食用魚としての養殖も盛んに行われている。おどりこ。
 ドジョウは水田に多く見られ、古くから農村地帯で食用に用いられていた。江戸期から戦前にかけては東京郊外の水田でいくらでも獲れ、低湿地で水田が多かった東京の北東部地域の郷土料理となっている。現在の日本ではドジョウを食用にする習慣は少なくなっているが、ドジョウは昔から俗に「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」とも言われ、わずか1匹でウナギ1匹分に匹敵するほどの高い栄養価を得られる食材とされている。

 どじょう汁(どぜう汁)嘉永元年『江戸名物酒飯手引草』にも見る事が出来る。江戸甘味噌などの合わせ味噌で食べる汁物。誹風柳多留は、「どぢやう汁 内儀食ったら忘れ得ず」と詠んでいる。
右写真:この鉄鍋に入れて、蓋がゴトゴト言っても押さえていないとドジョウが飛び出す。

百目(ひゃくめ);重さの単位。1/10貫目。375g。この家族で食べるには丁度適量でしょう。



                                                            2015年11月記

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