落語「上燗屋」の舞台を行く
   
 

 桂枝雀の噺、「上燗屋」(じょうかんや)より


 

 お酒といぅものは結構なもんでございまして、この頃また日本酒といぅものが、復権して参りました。

 「親っさん。一杯何ぼやねん」、「一杯十銭でございます」、「よし、一杯もらおか」、「ありがとぉさんでございます。すぐにお付けいたしますんで」、「おっき、ありがと、ハハハァ~ッ。『上燗』とこ~書いたぁるけど、こら何のこっちゃい」、「まぁ、熱なし、ぬるなし、お酒の燗を言ぅたもんでございます。及ばずながら燗だけにはちょっと気ぃ使ことります」、「上燗にしてくれた、おっきありがと~、ちょ~どの燗やねぇ。一杯十銭、あっそ~、ありがたいことやねぇ。(クゥ~、クゥ~、クゥ~)ど、どこが上燗ですか、これ? 喉へクククッと入りましたですよ。ぬる燗ですね。ちょっと熱してもらいたい」、「すぐに熱くいたします」。「おっきありがと~、熱してくれた・・・、おっきありがと。とッ、とととッ、ちょっと熱いのんとちゃうか? やっぱ、熱いねぇ。ちょっとうめてんか、うめてんか」、「ちょっと待っとくれやす。それはなりません」、「何がならんねん」、「また入れますとお勘定がややこしなりますので・・・」、「そんなことあれへん、何ぼ呑んでも十銭しか払えへん」、「ちょっと待っとくれやすな」、「分かってるがな、あとで勘定したらえぇ。ちょっと継ぎ足してんか」、「(クゥ~、クゥ~、プハ~ッ)う、うまいッ、なんやねぇ、これでやっと上燗にたどり着いたね~。これだけ呑んで十銭は安いッ」、「ちょ、ちょっと・・・」、「ヤイヤイ言ぃな、 十銭にこだわるな」、「あんたがこだわってなはんねん」。

 「豆こぼれた~る、この豆何ぼや」、「こっちの鉢にえぇのがありますので入れます」、「このこぼれた豆が好きやねん、鉢に入れたぁる豆好きやないねん、食べる前にちょっと値ぇ言ぅてくれ、これ何ぼや」、「こぼれた豆ではお金が頂戴しにくございますねぇ」、「わいに分かりやすぅに言ぅたらタダか? タダなら食てみたろ。(シュッ)思たとおりや、豆はこぼれたんに限るねぇ、もっとこぼしたろ」、「チョットッ」。

 「これ、何や?」、「イワシのカラまむしでございます」、「これなんぼや。下に敷いたるオカラ」、「オカラだけでは、ちょっとお金は頂戴しにくございます」、「分っかりやすぅ言ぅたら何ぼやねん、ま~、タダといぅようなことでございますか。タダなら食てみたろ、味の付けよぉやね(ムシャッ)ん~、親っさん、これ洒落た~る。これ旨い旨い、これならいける、どこへ出しても恥かしない、こら人に売れるで、売れるで」、「売ってるんでございます」、「(ムシャッ)こら旨い」、「オカラばっかり食べられたんではイワシが裸になってしまいます」、「すまないね、ビクビクするなバカ、臆病者め。お腹ん中でむかついてんのんとちゃうか、上に赤いもん乗った~る、これ何や?」。

 「あぁ、紅生姜でございます」、「紅生姜何ぼや」、「イワシのカラまむしの上に、ちょっとこ~付きもんで乗せてますのでですね~、 紅生姜だけではお金頂戴しにくございます」、「分かりやすぅ言ぅたら、タラ言ぅこっちゃないか。お前とこなんや、タダのもんばっかり置いてるんですか」、「タダのもんばっかり尋んねたはりますねん、選(よ)ったはりますねん」、「たまたまそ~なった」、「タダなら喰てみたろ、ピリッとして旨いなぁ、なかなかシャレた~る。親っさん、これ~ッ何や」。

 「これでございますか、身欠き(みがき)ニシンの付け焼きでございます」、「ニシン、それもイワシの付きもんか」、「馬鹿なことおっしゃいますな、アホなこと、何でイワシにニシンが付かんなりまへんねん」、「五銭か、こっちくれ。おっきありがと~、お~、五寸はあるな~。箸要らん、手でいく手でいく、五寸はある大きなニシンやで、これ付け焼きか。・・・か、堅たぁ~、堅いなぁ~、とてもわいの歯に合わん、返すわ。これ~ッ何や?」。

 「鷹の爪でございます」、「鷹の爪、空飛んでる?」、「トンガラシです」、「何でもかめへん、こっちくれ。辛ぁ~ッ、こぉ辛ろ~てはオカラ食わなしょがない」、「ちょちょ、ちょと・・・」、「(酒を飲みきり)旨かった、何ぼになる」、「はじめから『勘定がややこしなる』言ぅてましたでしょ、ほなまぁ、二十五銭だけもろときまひょか」、「二十五銭、こいつは安い。こんな安い店初めてや、何ぼか負からんか」。
 おなじみの上燗屋という馬鹿馬鹿しいお噺でした。

 



ことば

二代目 桂枝雀(かつらしじゃく);(本名:前田 達(まえだ とおる)、1939年(昭和14年)8月13日 - 1999年(平成11年)4月19日)は、兵庫県神戸市生まれの落語家。三代目桂米朝に弟子入りして基本を磨き、その後二代目桂枝雀を襲名して頭角を現す。古典落語を踏襲しながらも、超人的努力と空前絶後の天才的センスにより、客を大爆笑させる独特のスタイルを開拓する。出囃子は『昼まま』。実の弟はマジシャンの松旭斎たけし。長男は桂りょうば。 師匠米朝と並び、上方落語界を代表する人気噺家となったが、1999年3月に自殺を図り、意識が回復することなく4月19日に心不全のため死去した。59歳没。他、同世代の噺家の中では『東の志ん朝、西の枝雀』とも称されている。
 小米時代は内容の設定を深く掘り下げ、大阪では珍しい繊細で鋭角的なインテリ的な落語だったという。声が小さい場面もあり、米朝から「後ろの人は聞こえんぞ」とたしなめられることもあった。客層はいつも笑う人といつも笑わない人に分かれたらしい。 間もなく、女性浪曲漫才トリオ『ジョウサンズ』でアコーディオンを弾いていた日吉川良子と出会い、「あんたみたいな天涯孤独な人探してたんや」と結婚を申し込む(その後、ホール落語時に一門の下座三味線を買って出る)。夫人によれば、落語やこれまで喋っていたときの大らかで陽気な性格とは違い、家ではひどく陰気で、世間話もしない、テレビも見なかったので驚いたという。
 1983年(昭和58年)芸術選奨新人賞受賞。1984年(昭和59年)3月28日東京歌舞伎座にて「第一回桂枝雀独演会」を開催。会場では大入袋が出た。桂雀々、桂べかこ(後の三代目桂南光)が前座に入り、枝雀は「かぜうどん」を演じた後で中入りとし、前後編に分けることの多い「地獄八景亡者戯」を一気に演じきった。終了後は緞帳が下りても観客の拍手が鳴り止まず、再び緞帳を開き感謝の挨拶を行った。

噺の続き;5円でつりと言うが上燗屋では釣り銭が無いので、向かいの道具屋に行って、産毛屋の毛抜きを見せてもらい、仕込み杖を買い求め、釣り銭で上燗屋に支払いを済ませる。家に帰ってきて仕込み杖を試したいので、雨戸を少し開けておくと。そこに、こそ泥が忍び込んで部屋をのぞき込んだときに仕込み杖で切られてしまう。切られた首を下げて火事の町を走って行く。
 江戸の「首提灯」は内容が少し違います。少しどころか大いに違って、侍に酔って口の利き方が悪いと、その武士に首を切られてしまいます。武士の町江戸と商都上方の違いでしょう。

日本酒(にほんしゅ);清酒。酒税法の定義では米、米こうじ、水を原料として発酵させ、こしたものなどで、アルコール分が22度未満の酒類を指す。一般的には日本酒と呼ばれるが、国税庁は2015年12月、地域ブランドを保護する地理的表示制度で日本酒を指定し、日本酒と表示できるのは、国産の米を原料に、国内で製造された清酒に限られるようになった。例えば、アメリカ産の米をアメリカで醸造された清酒は日本酒とは表示できない。同じように外国産米を日本で酒にしても日本酒とは表示できない。逆に日本産の日本酒が外国に行っても日本酒です。

上燗(じょうかん);酒の燗の温度の種類の一つ。また、お燗をする人をお燗番と言います。
 またお燗の仕方でも、直接火にかける「じか火燗」、お湯につける「湯せん燗」、これには、水から暖める、熱湯につける、80度くらいの湯につける、と細かに分かれる。それぞれに味わいが変わります。

冷やの表現と温度 

 雪冷え(ゆきひえ)   5℃
 花冷え(はなひえ)  10℃
 涼冷え(すずひえ)  15℃

燗の表現と温度
  日向燗(ひなたかん)   30℃近辺
  人肌燗(ひとはだかん)   35℃近辺
  ぬる燗(ぬるかん)   40℃近辺
  上燗 (じょうかん)   45℃近辺
  あつ燗(あつかん)   50℃近辺
  とびきり燗(とびきりかん)   55℃近辺


うめる;湯に水を混ぜてぬるくする。差し水をする。この噺では熱燗に冷めた酒を足すこと。勘定がややっこしくなります。

カラまむし;おからまぶし。酢と砂糖で味付けしたおからをからめて調理した料理。カラは豆腐のおからのことで、カラジルといえば、おからで作った汁。アサリのむき身とネギの五分切りなどを加える。決して蛇のマムシの料理とは違います。

鰯のカラまむし;イワシを酢でしめ、おからを甘酢で炒って冷まし和えた料理。「オカラを酢で味付けしたもんで、こ~イワシをまむしてございます」噺から。上方では多く食べられますが、関東ではあまり食卓には上りません。
右写真。

紅生姜(べにしょうが);ショウガの塊根を梅酢に漬けた漬物の一種。生姜の日持ちをよくするために古くから酢漬けが行われていたが、関東では主に甘酢が使われてガリとなり、関西では主に梅酢が使われて紅しょうがとなった。

五寸(5すん);尺貫法における長さの単位で、日本では1寸=約 30.303 mmです。尺の10分の1と定義される。5寸=約15cm。

付け焼き; ①料理で、材料をしょうゆなどに漬け込んでから焼くこと。また、その料理。魚介類・肉のほか、竹の子・高野豆腐・はんぺんなども用いる。◇「漬け焼き」とも書く。
②料理で、魚介類や肉などを白焼きにしたあと、しょうゆ・酒・みりんなどを混ぜたたれを繰り返し少しずつつけながら焼くこと。また、そのように焼いたもの。◇「照り焼き」「かけ焼き」ともいう。

身欠き鰊(みがきにしん);頭・尾・内臓を取り去り二つに裂いて干したニシン。欠き割り。最近は噺のような堅~いニシンは少なく、8分乾燥とか、生に近いものもあります。右写真。

鷹の爪(たかのつめ)=トウガラシ。唐辛子はナス科のトウガラシ属で、その実や実から作られる香辛料の事を言います。唐辛子の由来は、唐から伝わった辛子という意味で、唐辛子と呼ばれるようになりました。日本に伝わったのは1542年で、ポルトガルから来た宣教師により伝えられたと言われています。鷹の爪は辛みが強く、日本産の唐辛子の代表品種と言われています。唐辛子の鷹の爪は、形状が鷹の爪に似ていることから、このように呼ばれるようになったとされます。右写真。

本家産毛屋(うぶけや);毛抜きは古くから、金沢市や越後高田(上越市)、江戸など、工芸品として伝わった。現在「産毛屋(うぶけや)」を名乗る店が越後高田、東京浅草人形町にある。東京は東京都中央区日本橋人形町3-9-2にあります。https://www.ubukeya.com/about.html 

 

 左、現在のうぶけ屋。 右、江戸時代のうぶけ屋。産毛屋のホームページより

仕込み杖;様々な理由により刀剣を剥き出しで携行できない場合に護身用や暗殺用途に用いるために製作される武具であり、「仕込」と呼ばれるだけあり、外見からは刀と分からないように偽装されている。その多くは扇子や煙管、杖などの日用品に偽装してある場合が多い。特に、日用品に偽装したものは、大っぴらに武器を持つ事ができないが武装の必要性のある町人が護身用として持っていたようである。その中でも時代劇『座頭市』の主人公・市の得物である仕込み杖は有名である。欧州でも中世頃からソードスティック(Swordstick.剣杖(CaneSwordケインソード(剣鞭)とも)と呼ばれる同じ用途のものが存在する。 暗殺用具として用いられたものの他に、近代になって市民社会が発達し、たとえ貴族であっても刀剣を公然と携行することができなくなると、護身用具として杖や傘などの「通常携行していても違和感のない日用品」に偽装、もしくは刀身を内蔵した刀剣類が所持されるようになった(これは後に拳銃の発達によって廃れてゆく)。日本では、明治時代に廃刀令が発布されると、士族階級に刀を仕込んだ杖を所持、携行することが流行した。

  

おばんざい;この噺に出てくる上燗屋は、料理をおばんざい形式で出していたのでしょう。
 元来京都の常の日のお惣菜のこと。 旬の素材、手近な食材を、手間をかけずに使い切る献立の数々。 日持ちがしない料理は、食べ残しの出ない分量だけ作り、あと、もの足りない分は作り置きの出来る常備菜でまかなう。 無駄なお金も時間も労力もかけんと、ゴミも少ししか出さない、超合理的な伝統の家庭料理。 電気冷蔵庫が今程普及していない時代、京都では、これらはごくあたりまえの家庭調理法でした。
 関西地方で料理屋の形体として、カウンターの上に料理が仕上がっている大どんぶりを並べて客の好みの料理を指定してもらい、小鉢に分けて提供されます。豆がこぼれたり、鰯のカラまむしを客が適当にオカラだけついばむなんて、出来上がっている料理が並んでいるからで、東京では、あまり見かけないシステムです。カウンターに展示しているのは寿司ネタが並んだ、寿司屋ぐらいでしょうか。
 ただ、京都市内の小料理店では、わざわざ観光客向けにおばんざいと表示していなくても、他地域から「おばんざい」と認識されているような料理が提供されていることが多いのです。



                                                            2018年11月記

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