落語「算段の平兵衛」の舞台を行く
三代目桂米朝の噺、「算段の平兵衛」(さんだんのへいべい)より 大坂の近辺な農村、丁髷(ちょんまげ)時分の噺でございますが、算段の平兵衛(へぇべぇ)と異名(いみょ~)を取った男がおりまして、まぁまぁ、その時分は何しろ苦しぃ時代でございますので、朝は朝星夜は夜星をいただいて、みんな働いてる中に、この男だけがこれといぅ仕事が無いんですなぁ。 平兵衛は庄屋がお花に支払った手切れ金も遊び暮らしてるうちに、持って来たお金はドンドン、ドンドン減ってしまいますわ。「どもしゃ~ない、だいぶ心細なったなぁ。このところ儲け口もないし、ちょっと銭儲けしてこぉ、稼いでくるから元手出せ」、その稼いでくるちゅうのが博打でっさかいね、そんなもの稼げると決まったもんやない。行ては取られ、行ては取られする。カッカカッカきます「もぉちょっと・・・、え? ないのん? しょがない、ほんならその着物と帯とちょっと質屋へ持って行け」。元手こしらえて行く、また取られる。もぉそぉなるとあれ不思議なもんですなぁ、博打とか勝負ごとといぅものはみなそぉでして、追い込みゃ追い込むほど、あらあきませんなぁ。 平兵衛はお花に「美人局 (つつもたせ)をやれ」とけしかける。お前ちょっとその顔に白粉(おしろい)のひとつでも刷(は)いてな、神棚の五勺の酒下ろして燗徳利入れて、わしゃこっちに隠れてるさかい、うまいこと言ぅてくわえ込めよ。「そんなこと、よぉやらんで」ちゅうたかて、まぁやっぱり連れ添う相手に感化されるもんですかな「鬼の女房に鬼神」てな言葉もありますが「まぁまぁ以前はあぁいぅ仲やったんやし、少しぐらいお小遣いもろてもかめへんかいなぁ」てなもんで、お花さん鏡台の前へ座りまして、慌ててちょっと白粉を刷く。えらいもんですなぁ、女ごはんちゅうのはね、全て「こんなことをしょ~か」ちゅうたら、顔にピッと緊張感が走ると二割ぐらい綺麗に見えるもんで、あらあるんですなぁホンマに。 夜になり、平兵衛は庄屋の死体を、庄屋の家の前まで運び、庄屋の声色を使って家の中の婆に、「今、平兵衛のところから戻った」と告げた。婆は「お花のもとへ通っていて帰宅が遅くなったのだろう」となじり、戸を開けない。平兵衛は狼狽したふりをし、「庄屋が締め出されて謝ってる、てな恥ィさらされん。村の衆に見られたら、首吊って死ななしょうがない」と言うと、婆は「甲斐性があるなら、首でも何でも吊れッ」と言い放つ。「よう、そのひと言を言うてくれた」。 折りしも、隣村は月明かりの下で盆踊りの練習をしている最中だった。平兵衛は死体に浴衣を着せ、自分も浴衣に着替え、頬被りでそれぞれの顔を隠して、死体を背負って隣村へ向かう(♪下座から「堀江盆踊り唄」が流れる)。 「明るみに出れば、ふたつの村がかたき同士になる。どうか丸い話に・・・」、 平兵衛は「これからわしが庄屋の家に行って、『庄屋を捜しに行こう』という名目で婆を崖下へ連れ出す。お前らは崖の上まで死体を運んで酒盛りをしている振りをし、わしが提灯で合図をしたら、庄屋が誤って落ちたように装って崖から死体を落とせ」と提案する。
丸く収まると思っていたが、その後、平兵衛の近所に住む盲目の按摩師・徳の市が「最近金回りがよいようで・・・。ちょっとしのがせてもらえんか」と、くり返し平兵衛をゆすり始める。誰もが恐れる平兵衛を金づるにする徳の市に対し、村人たちは疑問に思う。 「平兵衛の痛いとこ握ってるか知らんけども、こんなことしてたら、終(しま)いにはどえらい目に遭いよるで」、「昔から言うやないか、『盲(めくら)ヘエベエに怖(お)じず』」。(「盲蛇に怖じず」の地口オチ)。
■現代に蘇った噺;やり手がなく滅んでいた噺を、昭和の戦後に三代目桂米朝が先人から断片的に聞き集め、復刻した大ネタ。
くすぐりが非常に少なく、なおかつ人の死体やエゴに満ちた登場人物を陰惨に感じさせずに描写する必要があり、演者にとっては技量が試される。三代目米朝は「悪が栄えるという内容なので、後味が悪くならないように演じるのが難しい。平兵衛をどこか憎めない男とか、共感するようなところあるように描かないと落語として成り立たない」と論じている。
■算段(さんだん);苦心してよい方法や手段を考え出すこと。「居候を追い出す算段をする」。
■朝は朝星夜は夜星(あさはあさぼし よはよぼし);朝はまだ星が出ているうちから農作業に精を出し、そして夜は星が見えるほど暗くなるまで仕事をするということ。
■ブローカー;商行為の媒介を業とする者。仲買人。仲立人。
■掠を取る(かすりを とる);上前をはねること。また、そのもうけ。口銭、割前を取る。
■庄屋(しょうや);今で言や、まぁ村長さんですかなぁ。(米朝)
■別嬪(べっぴん);嬪は嫁。夫に連れ添う女。奥御殿で、天子のそば近くに仕える女官。嬪の中でも選ばれた特別の嬪。美人。
■二号さん(にごうはん);昔はこれ「お手掛けはん」てなこと言ぃましたなぁ。東京のほぉでは「お妾さん」。目を掛けるか手を掛けるかだけの違いでございまして、実質においては何ら変わりはないと思うんですが・・・。 ■権妻(ごんさい);二号さん。明治の初年頃には「権妻(ごんさい)」なんていぅ面白い言葉が、まぁ東京を中心にあったんですなぁ。権大納言とか権兵衛とか、あの権ですわなぁ。権大納言といぅのは本当の大納言ではないんですなぁ、仮の大納言みたいなもん。お妾さんは本当の妻女ではないので権妻やといぅ、えらい難しぃこと言ぅたもんですなぁ。太宰権帥(だざいごんのそつ)やとか、菅原道真が流されたときは権といぅ字が付いてた。(米朝)。 ■手切れ金(てぎれきん);手切れに際して、相手に与える金銭。
■美人局 (つつもたせ);男女が共謀し行う恐喝または詐欺行為である。妻が「かも」になる男性を誘って姦通し、行為の最中または終わった途端に夫が現れて、妻と関係したことに因縁をつけ、法外な金銭を脅し取ることである。また、妻でない女性で同等行為に至った場合でも類推される。
元々「つつもたせ」に女性が誘惑して金銭をゆすり取る意味はなく、博打用語から出た言葉であることから、筒はサイコロ博打で使う筒のことで、「細工した筒を使う」という意味からと考えられる。 ■鬼の女房に鬼神(おにのにょうぼうに きじん);「鬼の女房に鬼神がなる」。鬼のような冷酷・残忍な夫には、それと釣り合う同じような女が女房になる。似たもの夫婦。大阪(中京)いろはがるた『を』の一文。 ■暗剣殺(あんけんさつ;九星(きゅうせい)方位のひとつ。その年の五黄(九星の一。土星に配し、本位は中央、運気が強い)と相対する方位で最も凶とする。最悪の大凶。 ■門跡さん(もんぜきさん);一門の法跡の意。
宮門跡:江戸時代、法親王が住職している寺の称。仁和寺・青蓮(シヨウレン)院・聖護(シヨウゴ)院・輪王寺などの類。
■下手人(げしゅにん);殺人犯。現在は、専ら「殺人犯」の意味で用いられる。
以下に6種類の刑罰を記します。
上写真、鋸挽き刑 明治大学博物館蔵。
左から、火刑。磔。首吊りの刑。明治大学博物館蔵。 ■盲目の按摩師・徳の市;落語の本題のこの部分は省かれることが多い。
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