落語「念仏尺」の舞台を行く
   

 

 桂米朝の噺、「天狗さし」(てんぐさし)、 別名「念仏尺」より


 

 こ れから聞ぃていただく噺ももぉ分かりませんのです。京都に昔「念仏尺(じゃく)」と言ぃましてな、物差し屋があった。名代の物差しで「念仏尺(さし)」といぅ看板が五条のところに大きく出てた。
  江戸時代には有名なもんやったらしぃ。明治でも、はじめの頃まではまだ「念仏尺」なんてことは皆知ってたそぉでございますが、もぉ大正、昭和となってくると、これがもぉ段々分からんよぉなってしまう。五条の念仏尺といぅのは名代のもんやったといぅよぉな、まぁ古い時代の分からん噺でございますが、虫干しにお付き合いいただきます。

 京都で明治の初め頃まで「念仏ざし」という物差しを売っていた店がありました。

 甚兵衛さんの所へ、金儲けの相談に男が来る。男は世の中には無駄なことが多すぎると言う。餅をつく時、臼に杵を振り下げて餅をついた後、杵を振り上げる。この振り上げる力が無駄だから、上にも臼を置いたら上下両方で餅がつけるという。上に置いた餅は落ちてくるがそれをどうやって止めるのかと甚兵衛さんが聞くと、男は、「それをあんたに相談に来た」という。

  この男はこの前も十円札を九円で仕入れて十一円で売って儲けるなんてことを考えるけったいな奴だ。「どこぞの世界に十円と印刷してあるもん、十一円出すやつがあるわけないやないか」ちゅうたら、「そらまぁ額面通り十円に売ったかて一円儲かる」、「ほな、どこ行たらその九円で仕入れられるねん?」ちゅうたら、「それをあんたに相談に来た」。「どこへ行たかて十円札が九円で仕入れられるわけないやろ」ちゅうたら、「ぎょ~さん買ぉたら安なりまへんか?」お前の頭だけ、わしゃ考えが及ばんわ。

 今日はまともな金儲けの話で相談に来たという。食い物屋を始めようと、堺筋の八幡筋の西へ入った北側の店に手金まで打ってきたというので、今度ははっきりした話のようだと甚兵衛さんがどんな商売を始めるつもりか聞くと、「すきやき屋、それも『てんすき屋』だ」。なんと「天狗のすきやき屋」だという。
  鼻の高い大天狗の手下のカラス天狗を捕まえてきてすきやきにすれば珍しがって流行るだろうという魂胆だ。
 甚兵衛さん、「流行るやろけど、その天狗をどっから仕入れるねん」、「それをあんたに相談に来たんや」、甚兵衛さんが天狗で一番有名なのは京都の鞍馬山で、奥の院の大杉の所に夜、天狗が降りてきて羽を休めるてな話を聞いたことがあるというと、男は早速、青竹、トリモチ、縄まで用意して「鳥さし」ならぬ「天狗さし」に鞍馬山へ出かける。

  奥の院に着いた時にはもう真っ暗でヘトヘト。天狗が羽を休めるという大杉に寄りかかって待っているうちに眠気がさして、コックリ、ウトウト。
  夜も更けて、深夜の行を終えた坊さんが奥の院の扉を開けて出てきた。扉の開く音で目を覚ました男、見ると階段を何かが降りている。そこへ一陣の風、坊さんの赤い衣が大きくひるがえった。これが坊さんの災難だった。男はてっきり赤い羽の大天狗と思い、竹で坊さんの足を払い、手拭でさるぐつわをかませ、縄でふん縛り、竹へ坊さんを通して山をドンドン下り出した。

  京の町へ出た頃には夜も明けてきた。早起きの町の人が坊さんがさるぐつわをかまされ、竹に宙吊りにされたまま通るのを見てびっくりして何事かと男に聞く。男はここでは喋れない、10日ほどたってから大阪の堺筋、八幡筋、西へ入った北側の間口が二間半の店へ来いとわけの分からん事を言って通り過ぎて行く。
 すると向うから大きな青竹を10本ばかり担いでやって来る奴がある。男はもう真似する奴が現れて天狗を捕まえに行くとこだと思い、「お~~い! 竹担げてこっち来るやつぅ~~」、「何じゃ~~い、わしのこと か?」、「そぉじゃ、お前のこっちゃ、お前も鞍馬の天狗刺しか?」、「いや、わしゃ五条の念仏尺(ざし)じゃ!」。

 



ことば

念仏尺(ざし)について、『米朝ばなし』では大谷廟あたりの朝夕念仏が聞こえる竹薮で育った竹で作った物差しと言っていますが、『米朝全集』の解説によると、「近江の伊吹山から念仏塔婆が掘り出され、それに精確な尺度が刻んであったので、これを模して念仏尺と名づけた」とあり、京の六条で作る念仏尺が最も精巧だったといわれたそうです。

■「てんすき屋」;「天狗のすきやき屋」だという。鼻の高い大天狗の手下のカラス天狗を捕まえてきてすきやきにすれば珍しがって流行るだろうという。貸店舗には手金を打ったという堺筋、八幡筋の西へ入った所は、なんばのミナミの宗右衛門町の北側あたり。こんな繁華街に店を出そうとする男はけっこう金を持っているようです。それとも借金でもしてつくった金なのでしょうか。店の概要も決まらず手付けを打つなんて、度胸が良いというか、一つ抜けているかです。

天狗(てんぐ);日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛翔するとされる。神、流星、妖怪、魔物か、鳥、犬、人間か。とにかく不思議な伝説上の生き物です。
で、天狗って食べられるんですか。

 

 高尾山 - 日本三大天狗の一つ(天狗伝説がある。ふもとのJR東日本高尾駅には巨大天狗面が装飾されている)。京王線終点の高尾山口駅にも天狗のお面は有ります。

  

  

 高尾山本堂前の天狗。 上、小天狗(カラス天狗)。下、大天狗。

 鞍馬寺 - 同上(ここの裏山で牛若丸(源義経)に剣を教えた人物が、天狗面をつけて素性を隠していたという伝承から。源氏の落人の一人と見られる)。
 鞍馬寺(くらまでら)は、京都府京都市左京区鞍馬本町に所在する寺である。1949年(昭和24年)までは天台宗に属したが、以降、独立して鞍馬弘教総本山となっている。山号は鞍馬山(くらまやま)。鑑真の高弟・鑑禎(がんてい)によって開山されたという。本尊は、寺では「尊天」と称している。「尊天」とは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体の本尊であるという。 京都盆地の北に位置し、豊かな自然環境を残す鞍馬山の南斜面に位置する。鞍馬は牛若丸(源義経)が修行をした地として著名であり、能の『鞍馬天狗』でも知られる。新西国三十三箇所第19番札所である。
 京都の奥にある鞍馬山は山岳信仰、山伏による密教も盛んであった。そのため山の精霊である天狗もまた鞍馬に住むと言われる。鞍馬に住む大天狗は僧正坊と呼ばれる最高位のものであり、また鞍馬山は天狗にとって最高位の山のひとつであるとされる。

大天狗とカラス天狗;天狗が成立した背景には複数の流れがあるため、その種類や姿もさまざまである。一般的な姿は修験者の様相で、その顔は赤く、鼻が高い。翼があり空中を飛翔するとされる。このうち、鼻の高いのを「鼻高天狗」、鼻先が尖ったのは「烏天狗」あるいは「木の葉天狗」という。
 静岡県大井川では、『諸国里人談』に、一名を「境鳥」といい、顔は人に似て正面に目があり、翼を広げるとその幅約6尺、人間と同じような容姿、大きさで、嘴を持つ「木の葉天狗」が伝えられており、夜更けに川面を飛び交い魚を取っていたと記されている。また、鳥のくちばしと翼を持った鳥類系天狗の形状を色濃く残す「烏天狗」は有名である。有名な是害坊天狗などもこの種で、多くの絵巻にその姿が残されている。尼がなった「女天狗」や、狼の姿をした狗賓という天狗もいた。

 

 鳥のように自由に空を飛び回る天狗が住んでいたり、腰掛けたりすると言われている天狗松(あるいは杉)の伝承は日本各地にあり、山伏の山岳信仰と天狗の相関関係を示す好例である。樹木は神霊の依り代とされ、天狗が山の神とも信じられていたことから、天狗が樹木に棲むと信じられたと考えられる。こうした木の周囲では、天狗の羽音が聞こえたり、風が唸ったりするという。風が音をたてて唸るのは、天狗の声だと考えられた。愛知県宝飯郡にある大松の幹には天狗の巣と呼ばれる大きな洞穴があり、実際に天狗を見た人もいると云う。また埼玉県児玉郡では、天狗の松を伐ろうとした人が、枝から落ちてひどい怪我を負ったが、これは天狗に蹴落とされたのだという話である。天狗の木と呼ばれる樹木は枝の広がった大木や、二枝に岐れまた合わさって窓形になったもの、枝がコブの形をしたものなど、著しく異形の木が多い。

堺筋の八幡筋(さかいすじの はちまんすじ);堺筋、大阪市北区の天神橋1交差点から、大阪市中心部の船場・島之内を縦断して、西成区の天下茶屋東1交差点に至る、全長約6.1kmの南北幹線道路。大阪府道102号恵美須南森町線の大部分を占め、ほぼ全線の地下に地下鉄堺筋線が通っている。かつては三越や松坂屋、髙島屋などの百貨店が立ち並び、大阪一の目抜き通りであったが、1920年代から1930年代にかけて大阪市が御堂筋を新たなメインストリートとして整備・拡張を行い、さらに地下に日本初の公営地下鉄である御堂筋線の建設を行ったことで大阪の中心は堺筋から御堂筋へと移っていった。
  天神橋1交差点 - 日本橋3南交差点間は、起点方向への北行き一方通行で全5車線。このため、東側を走る南行き一方通行の松屋町筋と対になっている。日本橋3南交差点 - 天下茶屋東1交差点は、片側2車線の全4車線以上となっている。 島之内となる長堀橋交差点(長堀橋跡) - 日本橋間では長堀橋筋(ながほりばしすじ)、日本橋 - 阪神高速1号環状線えびす町入口(名呉橋跡)間では日本橋筋(にっぽんばしすじ)とも呼ばれる。また、「堺筋」は砂糖の隠語でもある。

八幡筋、道頓堀から北へ東西に走る道路。道頓堀の北側を走るのが宗右衛門町通り、その北側に並行して走るのが三津寺前通り、その北側の道を八幡前通りと言います。大阪の繁華街の一角で、家賃は高いでしょうね。
東心斎橋2丁目にあたります。右上map、八幡筋。

手金(てきん);「手付け金」に同じ。「手金を打つ」

トリモチ(鳥黐);鳥や昆虫を捕まえるのに使うゴム状の粘着性の物質。鳥がとまる木の枝などに塗っておいて脚がくっついて飛べなくなったところを捕まえたり、黐竿(もちざお)と呼ばれる長い竿の先に塗りつけて獲物を直接くっつけたりする。古くから洋の東西を問わず植物の樹皮や果実などを原料に作られてきた。近年では化学合成によって作られたものがねずみ捕り用などとして販売されている。
 鳥黐の製法は地域や原料とする植物によって異なるが、モチノキなどの樹皮から作る場合は、樹皮を細かく砕いて水洗いし、水に不溶性の粘着質物質をとりだすことで得られる。商品として大量に生産する場合は、まず春から夏にかけて樹皮を採取し、目の粗い袋に入れて秋まで流水につけておく。この間に不必要な木質は徐々に腐敗して除去され、水に不溶性の鳥黐成分だけが残る。水から取り出したら繊維質がなくなるまで臼で細かく砕き、軟らかい塊になったものを流水で洗って細かい残渣を取り除く。得られた鳥黐は水に入れて保存する。場合によっては油を混ぜることがある。

 上、江戸時代の長いトリモチ竿を持った鳥刺し。

奥の院(おくのいん);寺院または神社の奥にあって、ゆかりの深い秘仏もしくは祖師開山を安置する場所、あるいは堂舎のこと。寺院などのなかでもっとも神聖な区域とされ、本堂から離れた後方の山上や岩窟(がんくつ)内に設けられて、有事の際に備えかつ参拝者の信仰を深くさせる。京都の牛尾(うしのお)山厳法寺(ごんぽうじ)を清水寺(きよみずでら)の奥の院、和歌山県高野山(こうやさん)の弘法大師廟(びょう)を高野山の奥の院と称する。ほかに當麻寺(たいまでら)、唐招提寺(とうしょうだいじ)の奥の院、長野県の戸隠(とがくし)神社の奥社が有名である。

竹尺(たけじゃく);竹を使う理由、昔から、竹は温度や湿度によって変化しにくい素材なんです。宇宙に行っても変わらない、なんて言われた時期もありました。

 

  


                                                            2021年12月記

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