落語「真二つ」の舞台を行く
   

 

山田洋次作

 五代目柳家小さんの噺、「真二つ」(まふたつ)


 

 道具屋さんの甚兵衛さんは正直者で嘘が言えない。商売にもこの性質が出ていて、なかなか儲からない。見かねた友達が成田の不動さんに願掛ければ商売繁盛叶うだろうと成田に出掛けた。帰り道、昼食を取るため農家の庭先を借りに入った。気持ち良く縁先を貸してもらい、その上に番茶までご馳走になった。

 食べ終わって、一服すると大根が豊作と見えて青空の下、大量に干してあった。竿が足りないと見えて、薙刀まで総動員で干している。
 以前、売り物の刀が正宗かも知れないと5両で買ったが鈍刀で薪もロクに切れない。また、南蛮の壺も、仲間が2両で持って行って箱に入れて松平さんに5両で売ってしまった。こんな、のどかな所に住みたいものだと眺めていると、銀杏の葉が落ちてきて、薙刀に触れた瞬間に二つになってしまった。飛んできたトンボも二つになってしまった。驚いて見に行くと持っていたキセルも触れた途端に二つになってしまった。赤さびた薙刀であったが、スグレモノであったらしく目釘を抜いてなかごを調べたら、魚と切るが出てきた。この薙刀は『魚切丸』で、川に着けておくと鮎が二つになるという言い伝えがある業物であった。

 お百姓が気が付かない内に話をまとめようとした。薙刀の柄が気に入って杖にして歩くから、錆びだらけの刃も一緒に譲ってくれと言った。亭主はこんな物を持って行ってもしょうが無いだろうといぶかしがった。上げても良いくらいだが銭を出すと言うから、その通りにするが、奥に寝ているのは女房が臨月で、その費用もあるのでチョット相談させてくれと奥に入って行った。
 甚兵衛さんの見立てだと30両には売れるから、万が一20両でも10両が儲けになると踏んでいた。 20文でも良いというお百姓が可哀相だから1朱でもくれてやったらビックリするだろうな。
 奥の夫婦は、杖にするのであれば軽い竹がいくらでもあるのに、よっぽど欲しいのだから高く言った方がイイ。「3分だと言ってそれで買えば良いが、値切られても2分だよ」、「母ちゃん1朱か2朱だろうよ」、「江戸の人はズルいから3分と言うんだよ」。甚兵衛さんは「魚切丸だと分かったのかな。値がドンドンと上がって行くみたいだ。10両とか20両と話をしているのかな」。
 亭主が戻ってきて、譲れないがどうしてもと言うんだったらと、指を3本出した。甚兵衛さんビックリして「それはダメだよ。高いよ」、「高いだろうね。それでは1本で」。奥からおかみさんがダメだと合図をしてきた。で、2本指を出した。亭主はそれでもイイと思うが奥からおかみさんが睨んでいる。甚兵衛さんも清水の舞台から飛び降りた気で2本出すという。奥からやはり3本出さなければ売らないと言う。
 さすがの甚兵衛さんも30両では商売にならないので、要らないと席を立ったら、呼び止められて「それでは2本で譲る。母ちゃん2分で話がまとまったよ」と奥に声を掛けた。甚兵衛さんビックリして、単位が違っていたのを認識。「あんな禿げチョロの薙刀を2分で買ったかと思うと泣けてくる」と、泣き笑いで手を打った。泣きべそをかきながら薙刀を持って江戸に向かった。

 ワラジが解けたので、薙刀の刃をお地蔵さんに立てかけたら、お地蔵さんが真っ二つになった。これも成田山の御利益だから、これから戻ってお礼参りをしようと街道を引き返した。「こんな物騒な物を持っていたんでは危ないから」と、先程のお百姓の家に預かってもらった。
 お礼参りも済ませ、おかみさんにお土産も買って戻ってきた。
 お百姓も大金を使わせたので、何かして上げようと、気を使って薙刀の柄を道中しやすいように半分に切って紐が付けてあった。甚兵衛さん言葉も無くし、「刀身はどうした」と泣き声で言った。「刀身は薪割りに使うと言っていたので、半分にたたき折って、使いやすいように柄を付けておいたよ」、「あ、あぁ、先端はどうした」、「危ないし、子供が踏むと大変だから、裏の池に投げておいたよ」、「その池は何処だ」、急いでその池まで案内させた。池まで来てみると、「鮒がみんな、片身になって泳いでいる。どうしたんだ」、「魚切丸が・・・」と甚兵衛さん思わずザザザと池の中に入って行きますと、
向こう岸に甚兵衛さん二つになって上がってきました。

 



ことば

この噺は、昭和42年(1967)に寅さんシリーズ「男はつらいよ」の山田洋次監督が柳家小さんの為に書き下ろした作品です。昭和55年12月国立劇場・東京落語研究会の高座から収録放送されたもの。

成田の不動さん;成田市・成田山新勝寺、本尊は不動明王。日本橋から船で行徳に出てその足で、船橋から成田に出た。途中1泊して成田、帰りも一泊して江戸に戻った。詳しくは落語「寝床」を参照。下写真:成田山本堂(左)と三重の塔。

大根(だいこん);アブラナ科の一年生または二年生根菜。原産地は諸説あり、未確定。古く中国大陸を経て日本に伝わった。世界各地で、多くの品種が分化。晩春、白または紫がかった白色の小十字花を開く。根部はおおむね白く、形は肥大した桜島、長大な守口などさまざまで葉とともに食用。「すずしろ」ともいい、春の七草の一。おおね。大根は沢庵漬けにするため、洗った大根を束にして架木に懸けたり、庭さきに並べたりして干します。
写真下。千葉市の大根農家。さすがに薙刀は使っていない。

薙刀(なぎなた);刀剣のひとつ。刃先が広く反りかえった刀で、中心(ナカゴ)を長くして、長い柄をつけたもの。柄は銅・鉄などを蛭巻にしたものが多い。平安時代の末頃から歩兵・僧兵が人馬を薙(なぎ)払うのに用いたが、戦国時代には衰え、江戸時代には鞘や柄を金銀蒔絵で飾って飾り道具としたほか、武家の女子の武道として発展し、現代に及ぶ。写真:長船盛景の薙刀。この刃に柄が付く。東京国立博物館蔵

正宗(まさむね);鎌倉後期の刀工、岡崎正宗のこと。名は五郎。初代行光の子という。鎌倉に住み、古刀の秘伝を調べて、ついに相州伝の一派を開き、無比の名匠と称せられた。義弘・兼光らはその弟子という。三作の一。 正宗の鍛えた刀で、転じて、名刀。余りにも名刀なので正宗の名が有る物は大部分は偽物といわれる。
写真下:「短刀」相州正宗。重要美術品 東京国立博物館蔵

目釘(めくぎ);刀剣の身が柄から抜けないように孔に挿す竹・銅・鉄などの釘。めぬ き。

なかご(中子・中心);(「茎」とも書く) 刀身の、柄に入った部分。作者の銘などをこの部分に切る。刀心。

業物(わざもの);名工が鍛えた、切れ味のよい刀剣。

お礼参り(おれいまいり);神仏にかけた願の成就した礼に参詣すること。

貨幣価値(かへいかち);江戸時代の貨幣は三貨法で、金貨の1両(りょう)2両・・・で、その下の単位は分(ぶ)で、4分=1両。その下が朱(しゅ)で、4朱=1分。1両=4分=16朱、4進法です。右写真:一分金。
銭は江戸中期までは1両=4000文。中期以降は5000文。幕末になると8000文から10000文になりました。もう一つが、銀貨で、目方で取引されていました。江戸では金貨や銭が通用していました。武家では主に金貨、庶民は主に銭を使っていました。
 奥にいるおかみさんは指3本で3分、安くても2分(1/2両)だと言っています。亭主は高くても1朱だと思っています。反対に甚兵衛さんは指3本で30両だと思っています。2分だと聞いて泣き出すや笑い出すのは当たり前です。
 1両を江戸中期として約8万円とすると、1分=2万円、1朱=5000円になります。銭で言うと1文=16円位。
 亭主は数百円から1000円位で良いと思っていますが、おかみさんは6万円(3分で)といい、甚兵衛さんは20両の予算で、160万円までなら良いと思っています。金額の単位を合わせないと、とんでもない事になります。



                                                            2015年6月記

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