落語「里帰り」の舞台を行く
   
 

 五代目春風亭柳昇の噺、「里帰り」(さとがえり)


 

 大きなことをいうようですが、春風亭柳昇といえば、いまやわが国では・・・私一人でありまして~

 「こんにちは」、「あ~ら、春(娘の名)じゃないの。お父さん春が来ましたよ」、「春が来た?何処に来た」、「里に来ました」。
 「春か。良く来たな。暑いだろう。着物を脱いで涼しくなりなさい。良く来たな。今日はお彼岸でも無いのにどうしたんだい。黙って出てきた?ご亭主もお母さんもいらっしゃる、心配しているだろうから今すぐ帰りなさい」、「お父さん、あの家には二度と帰らないつもりで出てきたの。とっても我慢が出来ないの」、「良い息子さんだと思ったがなぁ~」、「あの人は優しくてイイ人なの。お姑さんが・・・」、「結婚前に親が居てイイのかと聞いたら『私はしっかりやります』と啖呵を切ったろ。辛抱できないわけが無いだろ。都々逸に『例えしゅうとは鬼でも蛇でも可愛い貴方を産んだ人。ア~コリャコリャ』」、「分かっているわよ。でもね、朝から晩まで嫌味を言われ、夕飯の買い物に100円玉1枚だけ渡され、『魚とお肉を買ってこい』と言われたのでしょうがなく自分の金で買ってきたら、『最近は物価が安くなった』と、嫌味を言われる。他にもね、あーだこうだと・・・」、「分かった。お前は若いから、お父さんに免じて我慢してくれ。うるさい、帰れ!」、「帰るわよ。帰ったらお母さん殺すからね」。
 「お前がそこまで言うのなら殺してしまえ。お父さんも手伝う。チョット待ちなさい」。奥から白い粉を持ってきた。
 「たった一舐めしただけで、人間はコロリと死に、さらには遺体からは何の毒物も検出されない、という優れた毒薬だ」、「もらってもイイの」、「良いよ、殺すのはお父さんも承知だが、警察に捕まって調べられて何でも無くても、近所で嫁姑の仲が悪かったと言われたら、逃げられないだろう。姑を殺して自分も捕まったら何にもならないだろう。で、先ずは近所を騙すんだ。2~3日じゃだめだぞ、1年間みっちりと近所を騙すんだ。『あんな親孝行な人が殺すわけは無い』と近所の人が警察に言ってくれる。証拠は無いんだ。無罪。良い考えだろう」、「お父さんは人殺しの名人ね」。
 「今帰れば買い物ぐらいで済むから帰りなさい。一年間我慢するんだぞ」。

 一年が経って、娘の春が帰ってきた。「夏になると春が来るな」、少し太って血色も良いし、亭主からはお土産だと差し出され、春が着ている着物は柄も良く、聞けば姑が徹夜で仕立て上げてくれた物であった。帯も姑に締めてもらって気持ちが良い。
 「近所では嫁姑の評判はどうだい」、「それはとっても良いの。『ホントの親子でもこうはいかない』って」、「それでは、ババァやっても良いな」、「ババァなんて言ったら失礼よ」、「お前は殺したいと言ってたじゃないか」、「帰ったらお母さん私に親切にしてくれるし、私も大切にしたの。今では夫よりお母さんの方が好きになったぐらいよ。去年もらった薬要らなくなったの。返すヮ」、「返されてもな~。腹が減ったら飲め」、「えぇ!」、「うどん粉だから」、「じゃ~、私を騙したのね」、「そうだよ。去年来たとき、お前は分かっていなかっただろうが気が狂っていたんだ。そんな時本物を渡したら、私も共犯で捕まってしまう。お前が殺してしまいたいほど親切にすれば、近所の人達も分かり、ウソでも親切にされれば嬉しいものだ。だから優しくしてくれる。回り回って仲良くなれる。お父さんはこの一年間どんなに長かったか知れないぞ。でも、少し太ったとか、ご飯が美味しいとか聞いたときには嬉しかったぞ。家ん中が明るくて仲良く暮らせるのが一番幸せだ。お前太ったと言ったが、それだけではなく『おめでた』ではないのか」、「そうなの。四月になるの」、良かった良かったと喜ぶ里の父母であった。
 「ところで、お父さん、うどん粉の薬を飲ませていたら、今頃どうなっていたんでしょうネ」、
「それは手打ちだろう」。

 



ことば

里帰り(さとがえり);妻が結婚後 初めて実家に帰ること。当然実家に帰ったのちは、婚家に戻る。また、一般に、妻が実家に一時的に帰ることをいう。 近年では、出産のかたちのひとつ「里帰り出産」として連語として用いられることが多い。サラリーマン川柳で 『物かくせ 今日はむすめの 里帰り』。

  

 「径(こみち)」 小倉遊亀(ゆき)画 昭和41(1966)年 東京藝術大学美術館蔵
 遊亀さんは窓の下を覗くと里帰りをしてきたのであろう親子を見つけ、絵に定着した。

出典;林鳴平(五代目春風亭柳昇)作の新作落語。「どんな状況であろうと子には幸せになってもらいたい」という親心をテーマにした、現代の人情噺である。原作はフランスにあり、五代目柳亭左楽が同様の話を演じていた時期もあったと言われるが、戦後は柳昇のみが演じていた為、彼の新作とされている(東宝ミュージック「東宝名人会」での解説文より)。

五代目春風亭柳昇(しゅんぷうてい・りゅうしょう):飄々とした味わいで人気のあった落語界の長老、5代目春風亭柳昇さん(しゅんぷうてい・りゅうしょう、本名=秋本安雄)が2003年(平成15年)6月16日、胃がんのため都内の病院で死去した。82歳。東京都出身。1920年10月18日生まれ。太平洋戦争終戦直後の46年、6代目春風亭柳橋に入門。
58年、真打に昇進した。
  テレビ草創期の大喜利(おおぎり、落語家がとんちを競う余興)番組「お笑いタッグマッチ」で、特技のトロンボーンを手にした司会を務めお茶の間の人気を得た。本業の落語では、自らの従軍経験を生かした「与太郎戦記」をはじめ新作に持ち味を発揮。「大きなことをいうようですが、春風亭柳昇といえば、いまやわが国では私一人でありまして~」のフレーズで始まる高座では、その時代、その時代の世相をすくいとるネタを軽妙な語り口で演じ客席を沸かせた。最近の得意演目は「カラオケ病院」「里帰り」など。「与太郎戦記」(後日解説書きます)などでは同名の映画にも出演。
  筆も立って、先の「与太郎戦記」をはじめ「陸軍落語兵」「人に好かれる話し方」など多数ある。川柳にも造詣が深かった。勲4等瑞宝章、芸術祭奨励賞、同優秀賞。弟子に、若者にも人気の春風亭昇太、春風亭柳好(5代目)など。
日刊スポーツ 訃報記事 より

 晩年は落語好きの女子大生を中心に人気が集まり、彼女たちを中心に親衛隊ともいえる「柳昇ギャルズ」が結成された。老成された落語家さんに若い女の子の押しかけファンが大勢付いた事に、マスコミも大いに取り上げた。書記長は素人時代の木村万里。落語協会の女流真打、川柳つくしも一員だった。

 新作落語を全否定し、新作落語を手がける落語家を徹底的に嫌って片っ端から非難したことで知られる六代目三遊亭圓生が、そのようなことを表立って言えなかった数少ない人物でもある。これには落語協会と芸協という所属団体の違いや世代差による落語家としての格の違いもあったが、それ以前の問題として柳昇は傷痍(しょうい)軍人であり、戦争で負った手の負傷がゆえに古典落語での大成は難しいとして新作落語一本に絞っていたという事情が大きい。
 これは、落語観の相違を理由とした非難であっても、発言内容次第では当時は世間に数多くいた傷痍軍人やその団体からの批判を招いて社会問題化しかねない可能性があったためで、さすがに六代目圓生に周囲の人間が釘を刺していたとされる。ただ、六代目圓生は陰口を度々叩いており、それが人伝てに柳昇の耳にも届いていたため、両者の関係は良好なものではなかったという。 

毒薬(どくやく);毒性のある薬物。人体に摂取・吸収、また外用した場合、微量でも致死量となるため、生命の危険を誘発する医薬品。
 サラリーマン川柳では 『「妻」の字が 「毒」に見えたら 倦怠期』。
 『ぼくの嫁 国産なのに 毒がある』。

(しゅうとめ);婚家先の夫または妻の母。どうして嫁ぎ先の母親って、お嫁さんにこうも憎まれ女になってしまうのでしょうね。
・姑去り; 姑の意見によって嫁を離縁すること。姑が去るのでないのが悲しい。
○姑の涙汁; 姑はとかく嫁に対する同情の涙の少ないことから、些細な物事、わずかなものにたとえていう。
○姑の場ふさがり; 姑が意地悪くいばって、嫁にじゃけんな扱いをすること。
○姑の前の見せ麻小笥(オゴケ); 嫁の姑に対する見せかけの働き、また、人前で体裁を作って働くふりをするのにたとえる。麻小笥は績んだ麻を入れるまげもの。
 サラリーマン川柳でも 『有害だ 「まぜるな危険!」 嫁姑』。『チョット待て まぜるな危険 嫁・姑』。同じような川柳ですが、考える事は皆同じです。

うどん粉(うどんこ);小麦粉の別称。うどんの原料となる粉だから。小麦をひいてつくった粉。メリケン粉。どうひっくり返っても毒薬にはなりません。でも、生で食べたら腹壊しにはなります。

手打ち(てうち);そば・うどんなどを、機械にかけずに手で打って調製すること。また、「手討」とも書き、武士が、家臣や町人など目下のものを手ずから斬ること。この両方を掛けて、オチとしたもの。



                                                                2015年7月記

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