落語「浮世根問」の舞台を行く 五代目柳家小さんの噺、「浮世根問」(うきよねどい)より
■鶴亀の燭台;真宗大谷派・真宗仏光寺派では鶴亀蝋燭立てという文字通り鶴と亀が描かれた蝋燭立てを使用します。
右写真:浅草・東本願寺にある仏壇の見本より。ここに有りますね、鶴亀の蝋燭立て。
鶴亀の燭台は鶴は千年、亀は万年という事だけでは無く、鶴の脚は長いまま、亀の脚は短いまま。
それが個性と言うもので、足すことも引くこともしない。
■根問い(ねどい);根元まで掘り下げて問いただすこと。どこまでも問うこと。根問い葉問い。根掘り葉掘り問うこと。
■嫁入り(よめいり);娘が嫁となって夫の家へ入ること。また、その儀式。決して、目の子勘定では有りません。
■奥さん(おくさん);「おくさま」より軽い尊敬語。他人の妻の尊敬語。奥方。奥でお産をするから・・・、ではありません。
■丹下左膳(たんげさぜん);林不忘(はやしふぼう)の新聞連載小説、およびその作品内の主人公である架空の剣士の名前。またこれを原作とする映画の題名。
■森の石松(もりのいしまつ);(生年月日不明 - 1860年7月18日(万延元年6月1日))は、清水次郎長の子分として幕末期に活躍したとされる侠客。出身地は三州半原村(後の愛知県新城市富岡)とも遠州森町村(後の静岡県周智郡森町)とも伝えられるが定かでない。森の石松の「森」とは森町村のことである。半原村説では、半原村で生まれたのち、父親に付いて移り住んだ森町村で育ったという。
なお、現在語り継がれている石松は、清水次郎長の養子になった天田五郎の聞き書きによって出版された『東海遊侠伝』に因るところが大きく、そこに書かれて有名になった隻眼のイメージは、同じく清水一家の子分で隻眼の豚松と混同していた。または豚松のことを石松だと思って書かれたとも言われており、石松の人物像はおろか、その存在すら信憑性が疑われている。しかし、「遠州っ子」(1980年、ひくまの出版・刊)の森の石松にまつわる記事には、出所後の晩年を興業主として相撲や芝居などの開催を仕切っていた清水次郎長と会った事のあるという人が、次郎長が森の石松の事を聞かれて涙したと語っていた事などの記述があるため、森の石松が実在の人物なのか、それとも空想上の人物なのか、ますます判らなくなっている。
■高野山(こうやさん);和歌山県北東部にある、1千m前後の山に囲まれた真言宗の霊地。弘仁7年(816)空海が自らの入定地として下賜を受け、のち真言宗の総本山金剛峯寺(コンゴウブジ)を創建。金剛峯寺の俗称。
■弘法大師(こうぼうだいし);空海の生前の行いを尊び死後に贈られる称号。右写真:空海。
ことわざ・慣用句
■蓬莱の島台(ほうらいのしまだい);俗謡に「おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで」と謡うものがあり、これも『高砂』の尉・姥に結びつけて考えられている。俗説として、「百」は「掃く」、すなわち姥の箒を意味し、「九十九まで」は尉の「熊手」を表すのだという。
■極楽(ごくらく);阿弥陀仏の居所である浄土。西方十万億土を経た所にあり、全く苦患(クゲン)のない安楽な世界で、阿弥陀仏が常に説法している。念仏行者は死後ここに生れるという。極楽浄土・安養浄土・西方浄土・安楽世界・浄土など、多くの異称がある。
■地獄(じごく);
六道の一。現世に悪業(アクゴウ)をなした者がその報いとして死後に苦果を受ける所。贍部洲(センブシユウ)の地下にあり、閻魔が主宰し、鬼類が罪人を呵責するという。八大地獄・八寒地獄など、多くの種類がある。
■高円寺から荻窪(こうえんじ おぎくぼ);JR中央線の東京から西に有る町。杉並区高円寺北及び南。杉並区荻窪。西方十万億土のジョーク。
■飛行機でブーンと飛んだら宇宙だ;宇宙=地球を含む、地球の外側の空間。飛行機でブーンと行けるのは空気があるところまでで、その外側には行けない。飛行機は大気中の酸素を取り入れ燃料を燃やして飛ぶので酸素がなかったら宇宙に行けない。行くには酸素も積んだロケットでしか行けない。
2016年5月記 前の落語の舞台へ 落語のホームページへ戻る 次の落語の舞台へ |