落語「遊山船」の舞台を行く
   

 

 六代目笑福亭松鶴の噺、「遊山船」(ゆさんぶね)より


 

 夏の遊びと言えば、東京では両国の川開き、京都では鴨川の夕涼み、大阪では大川の遊び、と申します。

 喜六・清八が大川の難波橋に来ますと、橋の下も遊行遊山(ゆっこうゆさん)、通る船は鉦や太鼓三味線で大賑わい。(下座の鉦太鼓三味線が賑やかに入る)。
 夜店からは声が掛かってこれも賑やかです。「♪ そ~ら、割った割った割った割った、カチワリやカチワリや。冷と~て、 冷やこ~て、甘いで~」、「♪ 新田西瓜はど~じゃい、新田西瓜。種まで赤いで、新田西瓜はど~じゃい。 皮のふちまで赤いで、新田西瓜はど~じゃい」、「♪ 烏丸枇杷湯糖(からすまるびわゆとう)~」、「花火、上げてや~ッ!シューー パァ~~ン」。

 「オイ!どうや、この賑やかさ」、「清ぇやん、賑やかやがな。なんか嬉しいなってくるな~」、「ほんに賑やかやな~。橋の上も賑やかやけどな、橋の下も昼みたいに明るーて賑やかやで~」、「ほんなら見してもらお~。イヨッとショッと・・・、ワァ~ッ、清ぇやんの言うたとおりや、橋の下も昼みたいに明るうて賑やかや。ごっついな~、えらいこっちゃ清ぇやん、別嬪さんが乗っている船な~、あれなんや」、「あら、お前、『出てる妓 (こ)』やないかい」、「『出てる妓』て、船の中に入ったはるで」、「せやあれへんがな『玄人や』っちゅうねん」、「色白いがな」、「いやいや違うねん、あらお前、『芸衆(げ~しゅ~)』 やないかい」、「なんやお前、あれ芸州かい」、「芸衆が分かるか?」、「あれ広島の女ごやろ」、「あれはお前『芸者』やないかい『芸妓』やないかい」。
 「あ~、そ~か、ほなあの芸衆の横に居てるちっちゃい子どもらな、あれやっぱりお前、芸衆の手下か?」、「『手下』言うやつがあるかい、あれは『舞妓』やないかい」、「うわ~ッ、親、心配してるやろな」、「そら『迷子』やないかい、俺の言うてんのんは舞妓や」、「舞妓て何や?」、「舞を舞うさかい舞妓や」、「ほなこの、年増のオバハン、あれ何やねん?」、「『仲居』やないかい」、「あれ短~いがな」、「誰が『長い』や、仲居さん、お運びさんや」、「ほな、前垂れしてハチマキしてる男、あれ何やねん?」、「『板場』やな」、「あの真ん中でな、偉そ~にしたやつ、あれ何やねん?」、「あれが、この船の『キャ』やないかい」、「『キャ』て何やねん?」、「これも大阪のな、粋言葉・洒落言葉や『お客』てなこと言うたらモッチャリするやろ、縮めて『キャ』と言うわけや、粋に聴こえるやろ」、「芸者のことを芸衆と言わんと、なんで『ゲェ』と、こ~言わないの?そーでしょ?芸衆は『ゲェ』ですよ、舞妓が『マァ』で仲居が『ナァ』板場が『イィ』や。この人が『アァ』でお前が『ホォ』やないかい」、「アホを分けて言うな」。

 ワァワァ言うとりますと、向こ~から出てまいりました一艘の船。これもどこぞの稽古屋の船と見えまして、揃いのイカリの模様の浴衣でございます。これもやっぱり、三味や太鼓でその陽~気なこと。(下座の鉦太鼓三味線が賑やかに入る)。
 「♪ ア、コラコラコラコラァ~ッ、ア、エライヤッチャ、エライヤッチャ、トォ~ッ」、「清ぇやん、ほ~ら、賑やかな船が出て来よったな~」、「稽古屋の船やな~、皆、揃いのイカリの模様の浴衣や、喜公、こ~いうのんは誉めたらなあかんで。いろいろ船が出てるけど、あれが一番秀逸や。今から誉めるから、黙って聞てよ、『よッ、さッても綺麗なイカリの模様』」、「風が吹いても、流れんよ~に」、「粋なこと言いよったな~、洒落たこと言いよったな~」。
 「イカリの模様や、船に乗ってるやろ、せやからそこへ風が吹いてもイカリの模様やから流れんよ~にいうて、掛けとるわけや。やっぱり稽古事のひとつもしょ~っちゅう女ごや、言うことが違うわい。洒落たるわい。おい喜公(きぃこ)、お前とこの嫁はんも確か女やな~?」、「当たり前やないかい。正真正銘の女や」、「お前とこの嫁はんおんなじ女やけどあんな洒落たこと、よ~言わんやろ」、「アホ言え、あれぐらいのこと家の嫁さんが言わいでか」、「言(ゆ)わへんて」、「おら家帰って言わしてみせたら、馬鹿にしやがって・・・、お先に!」。

 「おい嬶、今戻った」、「なんやねん」、「今恥かいた」、「難波橋の上も賑やかやったけどな、橋の下も船やなんかぎょ~さん出てて賑やかや。清ぇやんと『ええな~』言て見てたんや、稽古屋の船や、出て来よったんや。揃いのイカリの模様の浴衣や。清ぇやん橋の上から『さッても 綺麗な、イカリの模様』言うたら、中から女ごが『風が吹いても、流れんよ~に』言いよったんや。ほな、清ぇやん『洒落たる、粋なな~。お前の嫁さん、おんなじ女ごやけど、あんなことよー言わへん』いうて馬鹿にしとんねん。嬶、それぐらいのこと言えんな~?せやろ。せやから、言うてくれ言うてくれ」、「当たり前やないかいな、わたいかてそれぐらいのこと何でも無いわ」、「去年祭りでこしらえたイカリの模様の浴衣あったなぁ?あれ出して来て着い着い」、「あんなもん、もー汚のーて着られへんがな」、「汚のーても何でもえ、イカリの模様のんやないとあかんねん、着い。着たらお前船に乗れ」、「船って何処に有るねん」、「最前俺が行水したタライあったやろ、あれ湯ダ~ッと放ってな、タライを船のつもりで座れ。俺今から天窓へ上がるからな、この天窓の上が橋の上のつもりやがな」。
 「チャンと浴衣着て嬶、その気になって座っとるやないか、タライの中へ。おい嬶、いくで~」、「あんた、早いことやんなはれ」、「いくぞ、え~か、言うぞ・・・、さッても綺麗な・・・、うわ~ッ、汚いな~真っ黒や、こんなもんお前、冗談でも綺麗とは言われんで・・・、もーえーわ、ここまで仕込んだんだから。よ~、さッても汚い、イカリの模様!」、と言いますと、嫁さんも粋なもんで、「質(ひち)に置いても、流れんよ~に」。

 



ことば

遊山船(ゆさんぶね);納涼のために海や湖、あるいは大川などに遊船を出して楽しむこと。

難波橋(なにわばし);大阪市北区西天満と中央区北浜を結ぶ橋。大川(堂島川・中之島・土佐堀川)をまたぐ。明治の初めまで、中之島の先端は難波橋の下流部にあったため橋は一本で架かっていた。また、この付近は絶好の行楽地で、夕涼み、舟遊び、花火見物などの人々で賑わった。現在、橋詰にライオンの像が置かれていることから「ライオン橋」の愛称がある。落語「米揚げ笊」で紹介しています。

遊行遊山(ゆっこうゆさん);「遊興遊山」「行き交う遊山」などの説もある。当てもなく遊び歩くこと。

カチワリ;純氷などの大きな氷を小さく割って飲料用途など利用しやすくしたもの。かち割り氷(かちわりごおり、搗ち割り氷)の略語。 現在は飲料を飲むためにポリ袋に密封したり、涼を取るために、ポリ袋に入れてストローを挿し、袋の口を輪ゴムで止めたりして販売する。希釈したかき氷用シロップに氷塊を入れたものを「かち割り」と称して販売する屋台がある。 かち割りの呼称は、主として関西以西、西日本で多く使用されている。中京地区では、割り氷。関東、東日本では、ぶっかき氷の呼称が一般的である。 夏の甲子園の高校野球大会の名物である。
 夏の涼みで、屋台や行商でかち割りを大きな声で呼び込みしながら売っていた。

新田西瓜(しんでんすいか);今の港区の起源は1700年ごろ(元禄)市岡新田の開発された土地にあり、その時の開拓者の名前が今でも「市岡」「石田」「田中」「八幡屋」「福崎」といった町名に残っています。 市岡与左衛門により開発された市岡新田では、米や野菜の他に、特にスイカが有名で「新田西瓜は種まで真っ赤」と言われ、その味の良さが評判でした。当時、各地の名産品を紹介する本にも取り上げられましたが、大正時代になって農地が次第に市街地になり、現在は姿を消してしまいました。



 上図:大坂湊口新田細見図(1839(天保10)年) 大阪市天守閣蔵
(大阪市港区役所ホームページより) 
 東隣の西区九条では九条ネギ、九条なすが名産でした。

烏丸枇杷湯糖(からすまるびわゆとう);枇杷葉湯(びわようとう・びわばとう)はブドウ糖やクエン酸を含む枇杷の葉に、肉桂や甘茶などを混ぜて煎じた清涼剤。夏負けや暑気払いに効果がある。
 烏丸(からすま)は平安京の南北に通ずる小路の名。今「からすま」と称し、京都の中心街路。京都の「烏丸薬店」枇杷葉湯売りの本家。「烏丸枇杷葉湯、おめしあってお試し下さい。霍乱(かくらん)、めまい、立ちくらみ全ての夏の病に効能あり」の立て前で、全国を行商したという。売り声に烏丸を「からすまる」と呼んだ記録が見られることから、京都を離れると「からすま」は通じにくかったのかもしれない。あるいは「からすまる」と読むのが正式であるが、語尾の音が脱落し、現在は「からすま」と読む。という説が有力である。右図:枇杷葉湯売り

別嬪(べっぴん);嬪は嫁。夫に連れ添う女。奥御殿で、天子のそば近くに仕える女官。別嬪:嬪の中でも選ばれた嬪。とりわけ美しい女。美人。

玄人(くろうと);囲碁で上位者が黒石を持つことから、黒人といい、約訛したもの。素人(しろうと)は同様に白人からという。技芸などその道に熟達した人。専門家。

芸者(げいしゃ);芸妓。舞踊や音曲・鳴物で宴席に興を添え、客をもてなす女性。芸者・芸子のこと。酒席に侍って各種の芸を披露し、座の取持ちを行う女子のことであり、太夫遊びが下火となった江戸時代中期ごろから盛んになった職業の一つである。
 芸妓は、花魁や花嫁のように右手ではなく、左手で着物の褄(つま)を取るので、「左褄(ひだりづま)」と呼ばれることもある。

舞子(まいこ);舞を舞って酒宴の興を添える少女。京都では、芸妓を「芸妓(げいこ)」、見習を「舞妓(まいこ)」と呼ぶ。半玉や舞妓ら年少の芸妓の衣装は、髪形は桃割れ等の少女の髷で、肩上げをした振袖を着る。帯・帯結びも年長芸妓とは異なる。この内、京都の舞妓は、だらりの帯結び、履物はおこぼ(こっぽり)などで知られる。

仲居(なかい);遊女屋・料理屋などで、客に応接しその用を弁ずる女中。

板場(いたば);料理屋で俎(マナイタ)を置く所。料理場。転じて、そこで働く者。いたまえ。

イカリ柄;船に使うイカリを図案化して浴衣に仕立てたもの。
右図:イカリ柄の染め物。



                                                            2017年7月記

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