落語「桃太郎」の舞台を行く
   

 

 桂米朝の噺、「桃太郎」(ももたろう)より


 

 我々の子供の時代は恐いものが沢山あって、躾けもしやすかったんですな。親の言い付けは守らなならない、学校の先生やお巡りさん等恐い物があった。晩遅く起きてただけでも怒られた。

 「遅くまで起きてるとお化けや幽霊が出て来るぞ。ほ~ら後ろから・・・あぁ~恐い恐い。早く寝んねし、寝床へ入んねん。寝床へ入ったらもう恐いお化けも出てけぇへんからな。さあ、布団へ手ぇ入れて。お父ちゃんが面白い話しをして聞かしたるさかい、それを聞きながら寝んねするんや、ええか。
 昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んではってん。お爺さんが山へ柴刈りに行て、お婆さんが川へ洗濯に行た。川の上の方から大きい桃が流れてきて、お婆さんはこれを家へ持って帰って、ポンと割ったら中から元気のええ男の子が生まれてきた。この子に桃太郎という名前を付けた。この子が大きくなって、鬼ケ島へ鬼退治に行くと云うのでキビ団子をこしらえて持たしてやると、犬と猿と雉が出てきて、一つ下さい、その代わりお供します。三匹を引き連れて鬼ケ島へ攻め込んだ。この桃太郎はんが強いねや。三匹もよう頑張った。とうとう、鬼が降参や、山のように宝物を出して謝った。車に積んだ宝物、エンヤラ、エンヤラと持って帰って来て、お爺さんやお婆さんに孝行したちゅうのや。
 なあ、面白いやろ。桃太郎さんのお話し・・・健ぼう・・・健ぼう・・・、寝てしもうたがな。 えぇ、子供というのは罪が無いもんやなぁ~」。てなことを云うてましたのは、もう昔のお話しです。

 きょうびの子供はなかなか、こんなことくらいでは寝ぇしまへんわ。
 「健坊・・・、健ちゃん、寝んかい」、「なんで?」。「なんでちゅうやつがあるかい。不思議そうな顔すな、おまえ。日が暮れたら寝んの、当たり前やないかい」、「眠ぶたくない」、「眠ぶたないちゅうてなぁ、子供が遅うまで起きてたらあかん。お前ら、晩が遅いさかいに朝ァ起きられんようになってしまうねんや。早う寝なさい」、「眠たないねん」、「眠たいことなかっても寝ぇ」、「眠たいことなかっても寝ぇ、やなんて、そら君ィ」。「き、君ィ? 親を友達みたいに思うてけつかんな、コイツ。子供がそない遅うまで起きてたら、恐~いお化けや幽霊が出てきよるぞ」、「お化けや幽霊やて。今は火星まで行く時代やで。お父はん、云うことが相変わらず可愛らしい」、「どつくで、ほんまにこのガキは!早う寝て、早う起きるねん。とにかく寝床入れ」、「眠たいことない」、「眠たいことなかっても、寝床に入って横になって、目ェつぶってたら、ひとりでに眠とうなって、寝てしまうものやがな」、「そない云うけどなぁ、眠たいこともないのに寝床へ入って目ェつぶってたら・・・、もうロクなこと考えへん」、「子供の云うこっちゃあらへん。こら、さあさあ、寝床へ入ってなぁ、そいでもう寝る気になれぇ。お父はんが面白い話しを聞かしてやるさかい。それを聞きながら寝んねするんや」、「そら無理や。話し聞くなら聞く、寝るなら寝ると、どっちか一つにせんとあかんで」、「ようごじゃごじゃ云うやっちゃなぁ、お前は。話しを聞いて、眠とうなったら、そのままスーッと寝たらええんやがな」、「えぇ、そうか? いっぺん演ってみ」、「いっぺん演ってみ・・・。親を咄家みたいに思うとるがな」。

 「ええか、昔々・・・や」、「何年ほど?」、「何年ほどって・・・、こんなもん、お前、ずっと前から、ここは『昔々』ちゅうのやがな」、「なんぼ昔でも年号というのがあるやろ。元禄とか、天保とか、慶応とか、明治とか」、「年号もなにも無いくらいに昔や」、「年号も無いとは、これはよっぽどの昔やな」、「そうや、よっぽどの昔や。あるところに・・・」、「どこや?」、「どこでもええやないかい。親が『あるところ』ちゅうてんねや、あるところやなぁ、と思うとかんかい」、「昔でも国の名ァちゅうもんがあるやろがな。大和とか、河内とか、摂津とか、播磨とか」、「国の名ァも無いくらい昔や」、「国の名ァも無いのん? そら、縄文時代より前やな?」、「知らん、そんなもん。とにかく、あるところにお爺さんと、お婆さんが住んでたんや」、「お爺さんの名前は?」、「もうええかげんにせぇよ、お前なぁ、そないに次々と引っかかってたら寝る間もあらへんやないかい。名前もないッ。名前も無い昔や」、「へぇ、人間に名前の無かった時分ちゅうたら、そら原始人の時代やな?」、「あぁ、よっぽど昔や。お爺さんとお婆さんが住んでたんや」、「歳は?」、「ほんまにどつくで。歳も無い。歳の無いくらい昔や」、「無茶云うたらいかんわ。なんぼ昔でも歳はあるわいな。一年たったら一つづつ歳とらはんねん」、「そら、始めのうちは歳もあったわい。そやけど火事で焼けてしもうてそれから無くなった」、「無茶云いな。歳が火事で焼けたりするかいな」、「お前、ごじゃごじゃ云うさかい、話しが一つも前へ進まへんやないか。少々わからんことがあっても、黙って『ふーん』ちゅうて聞いてたら、だんだんと分かるようになってくるもんやがな」、「ふーん」。
 「お爺さんは山へ柴刈りに行った」、「ふーん」、「お婆さんは川へ洗濯に行った」、「ふーん」、「川上から桃が流れて来た」、「ふーん」、「・・・なぶってたらあかんで。ほんまに、こいつだけは手ェが付けられんなぁ~、みてみい。どこまでしゃべったか忘れてしもうたやないか!そやそや、桃が流れて来たとこや。それを持って帰ってポンと割ったら中から男の子が生まれた。桃から生まれたんで桃太郎という名前を付けたなぁ。この子ォが鬼ケ島へ鬼退治に行くというので、キビ団子という美味しいものをこしらえて持たせてやると、途中で犬と猿と雉が出てきて、一つ下さい、そのかわりお供します。三匹が供をして鬼ケ島へ攻め込んだなぁ。猿がかきむしるやら、犬が食いつくやら、雉が目玉つつくやら。鬼も降参やぁ。山のように宝物を出して謝った。車に積んだ宝物、猿が引く、犬が押す、エンヤラ、エンヤラァと持って帰ってお爺さんやお婆さんに孝行したちゅうねん。 なぁ、おもろいやろ。さあ寝ェ~寝んかい。寝ぇっちゅうのに、このガキは・・・。なんや、大きい目ェ剥きやがったな。」。
 「あない、やいやい云うさかいに、寝たろかいなと思うてたんやけど、あんまりアホな話し聞かされたさかいに、だんだん目ェが冴えてきた」、「冴えて来た? 悪いガッキャなぁ、こいつ。何で冴えてくるねん」、「なんでて、桃太郎の昔話やろ」、「そや、桃太郎の昔話やがな」、「桃太郎みたいな子供向けの話しされたらかなんなぁ。わいらもっと、こう・・・恋愛モンみたいな・・・」、「生意気なことぬかすな。お前ら桃太郎で十分じゃ!」、「お父はん、何も知らへんやろうから、ちょっと話しをするけれども、この桃太郎という話しは、日本の昔話の中でも一番ようでけてんねん。外国へ持っていっても引けを取らん、ようできた話しや。それをあんな言い方したら作者が泣く」、「な、何が作者や、お前ら、何も知れへんねん」。

 「お父はんこそ、何も知れへんやろ。 これはなぁ、昔々あるところ、と云うて、時代やら場所をはっきりさしてないやろ。わざとそないしてあるんやで。子供に難しいこと云うてもわからへんけど、借りにこれを大阪の話しにしたらやな、大阪の子供には馴染みがあってええやろうけど、東京の子供はどないする。ほたら東京の話しにしたら、東京の子供にはええやろうけど、田舎の子供はどないしたらええ? 日本国中どこへ持って行って、どこの子供に聞かしてもあてはまるように、『あるところ』としてある。話しがそれだけ大きくなるわけやな。 ほいで、お爺さんとお婆さんが出てくるやろ。これ、ほんとは両親やねん。「ぢぢ」と「ばば」の濁り取ったら「ちち」と「はは」になるやろがな。両親のことを云いたいねやけど、昔は子供や年寄りの方が馴染みが深かったさかいに、お爺ちゃん、お婆ちゃんの話しになってんねん。 ほいで、山へ柴刈りに行て、海へ洗濯に行く・・・、わけにはいけへんさかいに、「川」に変えてあるけれども、本当はここは「海」やねんで。山と海やねん。で、つまり「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い」ということの喩えになったぁんねやで、お父はん」、「ふーん。あぁ、そうか、なるほどなぁ~、それからどないしてん」。
 「ほいで、川上から桃が流れてきて、持って帰って、ポーンと割って子がでけたて、桃から子供が生まれたりせぇへんで。桃から子供が生まれたりしたら果物屋、やかましいてしゃあない。人間のお腹から生まれた子供が、子供のくせに鬼を退治したりしたら不自然やさかい、神さんから授かった子供になってんねん。 ほいでな、鬼ケ島てなとこはな、この世には無い。あれはな、この渡る世間を鬼ケ島に喩えてある。人間と生まれたら、世の中の苦労をせんならん。なぁ、これが鬼ケ島や。渡る世間に鬼は無いというけれども、お父はん、あんた、分かるかなぁ。渡る世間は鬼ばっかりやで~。世間というところは恐ろしいところやで、お父はん・・・、ちょっと、あんた、ボーッとしてたらあけへんのやで。世の荒波にもまれる、これが鬼ケ島の鬼退治やないかい。 犬と猿と雉が出てくるやろ。これ、動物三種、なんでもええと思うたら大間違いやで。犬は三日飼われたら三年恩を忘れんというぐらい、仁義に篤い動物や。猿は猿知恵ちゅうてバカにするけれども、なかなかどうして、人間どけたら一番知恵がある。雉というのは勇気のある鳥やで。卵を抱いてるときにヘビが卵を狙うて寄ってきよったらな、自分の身体をおとりにして身体を巻くだけ巻かしといて、十分に巻いたところでパチンと切々れに弾いてしまうというぐらいに、落ち着いた勇気のある鳥や。 つまり、この三匹で仁、智、勇という三つの徳が表されてあるねん」。
 「ウーム~、こら、カカァ、寝てる場合か。ちょっと起きて、この話し、いっしょに聞け。こら、おまえ、大人が聞いてもためになるがな。こらええこと云いよる。こいつ、こんど参議院に出したろ。ウーム、それからどないしてん」。
 「さいぜん、『キビ団子という美味しいもの』て云うたやろ。あんなスカタンなこと云うたらあかんで。キビちゅうたら、五穀の中でも米や麦に比べたら粗末なもんや。キビの団子云うたら、粗末なモンの代名詞やな。つまり『贅沢したらあかん』という教えや。 そやさかいに、人間と生まれた以上は、鬼ケ島の鬼退治、つまりこの世の苦労をせんならん。その時に贅沢をせずに、質素を守って、仁、智、勇という三つの徳を身に付けて、一生懸命に働いて、いろんな目にあい、いろんな苦労をして、ほいでやがて鬼を退治して山のような宝物を手に入れんねや。 この宝物というのは、世間へ出て身につける信用とか、名誉とか、地位とか、財産とか、そういう宝や。そういうものを身につけた立派な、世の中の役に立つ一人前の人間になってやな、ほいで、親に孝行し、家名をあげるという、これが人間として一番の大事な道や。ということをやな、昔の人が子供にでも分かるように、面白い話しに仕組んどいてくれたんや。 それぐらいようできた話しを、あんな云い方したら、値打ちもなにもあらへんで。 お父はん、僕の前やからええけど、よそへ行ってあんなこと云うたらあかんで。恥かくさかいに。親の恥は子の恥やさかいな。僕まで辛いさかいに、そんなこと云わんようにしてや、わかったな、ええか? これ、お父はん・・・。
ああ、寝てしもたがな。今どきの親は、罪がないわい」。

 



ことば

桃太郎の原話1 http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/08/01.htm より

 むかしむかし、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました。
 お爺さんは山へしばかりに、お婆さんは川へせんたくに行きました。
 お婆さんが川でせんたくをしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました。
「おや、これは良いおみやげになるわ」、 お婆さんは大きな桃をひろいあげて、家に持ち帰りました。
 そして、お爺さんとお婆さんが桃を食べようと桃を切ってみると、なんと中から元気の良い男の赤ちゃんが飛び出してきました。
「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」、子どものいなかったお爺さんとお婆さんは、大喜びです。
 桃から生まれた男の子を、お爺さんとお婆さんは桃太郎と名付けました。
 桃太郎はスクスク育って、やがて強い男の子になりました。

 そしてある日、桃太郎が言いました。「ぼく、鬼ヶ島(おにがしま)へ行って、わるい鬼を退治します」
 お婆さんにきび団子を作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました。
 旅の途中で、イヌに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」、イヌはきび団子をもらい、桃太郎のおともになりました。
 そして、こんどはサルに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」。
 そしてこんどは、キジに出会いました。「桃太郎さん、どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島へ、鬼退治に行くんだ」
「それでは、お腰に付けたきび団子を1つ下さいな。おともしますよ」
 こうして、イヌ、サル、キジの仲間を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へやってきました。

ももたろう

 鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村からぬすんだ宝物やごちそうをならべて、酒盛りの真っ最中です。
「みんな、ぬかるなよ。それ、かかれ!」
 イヌは鬼のおしりにかみつき、サルは鬼のせなかをひっかき、キジはくちばしで鬼の目をつつきました。
 そして桃太郎も、刀をふり回して大あばれです。
 とうとう鬼の親分が、「まいったぁ、まいったぁ。こうさんだ、助けてくれぇ」、と、手をついてあやまりました。
 桃太郎とイヌとサルとキジは、鬼から取り上げた宝物をくるまにつんで、元気よく家に帰りました。
 お爺さんとお婆さんは、桃太郎の無事な姿を見て大喜びです。
 そして三人は、宝物のおかげでしあわせにくらしましたとさ。

おしまい

桃太郎の原話2 http://yomukiku-mukashi.com/momotarou.html より

 桃太郎のイメージの原型は『古事記』や『日本書紀』に登場する七代孝霊天皇の皇子吉備津彦命(きびつひこのみこと)と思われます。吉備津彦命は「四道将軍」の一人として山陽道を征服した将軍です。
 また、一寸法師の話も原話が『古事記』の「光る船(天のかがみ船)に乗ってきた小さな神(少名彦那・すくなひこなの神)」に見ることが出来ます。

 現在の岡山県総社市の鬼ノ城(きのじょう)という山城に温羅(うら)という百済国の王子がすみついていました。温羅は大和王権にしたがわず、税をおさめなかったようです。
そこで天皇は吉備津彦命を召しだし、勅命を下します。
「吉備津彦命よ、ただちに温羅をこらしめよ!」、「ははっ」。
天皇の勅命を受けた吉備津彦命は、
犬飼健(いぬかいたける)
楽々森彦(ささもりひこ)
留玉臣(とめたまおみ)
三人の家来とともに温羅の砦に攻め寄せ、ついに温羅を攻め滅ぼしました。
しかし温羅は、死後も祟りをなしたので、その悪霊をしずめるため、
温羅を吉備神社の釜の下に封じ込めたという伝説です。

伝説は昔話となり、吉備津彦命⇒桃太郎となり、
三人の家来⇒サル、犬、キジとなり、
桃太郎の黍団子⇒岡山名物吉備団子となり、
今に伝わっています。

動画で、

絵をクリックしてください。日本昔話アニメ【ももたろう(桃太郎)momotaro】  You Tubeより

;春には五弁または多重弁の花を咲かせ、夏には水分が多く甘い球形の果実を実らせる。中国原産。食用・観賞用として世界各地で栽培されている。未成熟な果実や種子にはアミグダリンという青酸配糖体が含まれる。
 7月から8月に実る。「桃の実」は秋の季語。球形で縦に割れているのが特徴的。果実は赤みがかった白色の薄い皮に包まれている。果肉は水分を多く含んで柔らかい。水分や糖分、カリウムなどを多く含んでいる。栽培中、病害虫に侵されやすい果物であるため、袋をかけて保護しなければならない手間の掛かる作物である。また、痛みやすく収穫後すぐに軟らかくなるため、賞味期間も短い。

    

 現在、桃太郎に出て来るような先の尖った実は市場に出回ることは無く、「天津桃」(左)と言われ、生で食べると大して美味しくなく、酸っぱくて渋い。菓子や饅頭のモデルになるぐらいです。今では改良されお尻の丸まった桃が全盛(右)。

お化けや幽霊;ある落語家さんは噺の中で、お前みたいなブスは幽霊になれなくお化けになると言いました。

元禄、天保、慶応、明治;年号で、元禄(げんろく)は1688~1704。5代将軍綱吉の時代”生類憐みの令”が実施されていた。街では町人文化が爛熟し、その中で赤穂浪士の討ち入りがあった。
天保(てんぽう):1830~1844。11代家斉から家慶に引き継がれ、飢饉も多く打ち壊しが激しくなる。天保の改革が実行された。外国からの接見が増え、国外にも目を向け始めた。
慶応(けいおう):1865~1868。15代将軍慶喜(よしのぶ)が最後の将軍となる。江戸時代最後の年号で慶応4年が明治元年。大政奉還に向けて動く。新撰組が闊歩し、坂本龍馬・中岡慎太郎が暗殺される。
明治(めいじ):1868~1912
年(明治45年)。徳川時代が終わり新政府が樹立。文明開化の時代に進む。 

大和、河内、摂津、播磨;関西地方の旧国名。
大和(やまと):現在の奈良県
河内(かわ
ち):現在の大阪府東部
摂津(せっつ):現在の大阪府北中部の大半と兵庫県南東部にあたる
播磨(はりま):現在の摂津を除く兵庫県

柴刈り(しばかり);芝生を刈ることではありません(笑)。柴刈りに山に行って枯れた木や枝または山野に生える小さい雑木を拾ってくること。薪や垣根にします。

キビ団子;キビで作られた団子。キビは(キミ(黍)の転) イネ科の一年生作物。インドの原産とされ、中国では古くから主要な穀物で五穀の一。古く朝鮮を経て渡来したが、現在はほとんど栽培しない。果実は、食用・飼料、また餅菓子・酒などの原料。粳(ウルチ)と糯(モチ)とがある。茎は黍稈(キビガラ)細工の材料。
 五穀(ごこく)=人が常食とする5種の穀物。米・麦・粟(アワ)・豆・黍(キビ)または稗(ヒエ)など諸説がある。穀類の総称。
 右図:キビ。広辞苑。 下写真:きび団子。浅草寺仲見世にて。美味い物では無いと言いますが、素材がお餅でキビが添加され、甘味の利いたきなこで、現代のきび団子は美味い。これだけ美味ければ桃太郎にお供をしても良いかも・・・。

参議院(さんぎいん);日本国憲法における国会の両院の一。国会審議を慎重にする機能を担い、衆議院の解散中に緊急の必要が生じたとき、国会の権能を代行する。権限は衆議院に劣るが、解散制度はない。略称、参院。
 参議院議員=参議院を組織する議員。比例代表・選挙区から公選され、任期6年、3年ごとに半数を改選。被選挙権は30歳以上。

 米朝は自分の息子に、大学時代に進路を問われて「議員になれ」とアドバイスしたが、結果的には自分の弟子になっていた。

仁、智、勇;儒学でいわれる3つの徳のことで三徳(さんとく)と言われる。
 四書のひとつ『論語』に「智の人は惑わず、仁の人は憂えず、勇の人は恐れない」とあり、孔子は智・仁・勇を大いなる徳と見なしている。また、同じく四書に数えられる『中庸』には「好学近乎知、力行近乎仁、知恥近乎勇」とあって、「智仁勇の三者は天下の達徳なり」と述べ、「三達徳」(万人が修めるべき三つの徳)としている。 また、12世紀中国(南宋)の儒学者朱熹(朱子)が著した『中庸章句』には智仁勇の三徳を入道の門としている。

ジョーク;ある日、おじいさんが山に芝刈りに、おばあさんが川に洗濯に行きました。と、川上から大きな桃がドンブラコ、ドンブラコ。家に持ち帰っておじいさんと二人で大きな刀でタテに切ろうとすると、なかなか切れない。

「どうしたんだろう」

力をふりしぼっても、刀はくい込んだままびくともしない。よく見てみると、

なんと桃の中で両手をあわせ、真剣白刃取りをしていた…。



                                                            2016年6月記

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