落語「植木のお化け」の舞台を行く
春風亭一朝の噺、「植木のお化け」(うえきのおばけ)より
「どうしたんだぃ、足を引きずって」、「兄貴、ヨコネを腫らしちゃったんだ。まだ、餅を食っていないんだ。医者に行って餅がヨコネに良いか悪いか聞いてくるんだ」、「行ってきな」。
「どうした。熊さん」、「ご無沙汰をしています。じつは隠居のところにお化けが出るという話を聞きまして・・・」、「出るんだよ。楽しくて、それで晩酌をしているんだ」、「家にも化け物が出ますよ。かかぁですがね」、「見たことあるかぃ」、「未だ無いんです。髪を振り乱して『うらめしや~』・・・」、「それは幽霊で、家に出るのは化け物なんだ」、「ご隠居さんのところに出るのは・・・」、「植木のお化けなんだ。この間暇を出した権助が、私が大事にしていた植木に煮え湯を掛けて枯らしたんだ。それが悔しいと、毎晩化けて出るんだ」、「何時出ます?」、「丑三つ刻だな。時間があるから出直してきなさい」。
「こんばんは」、「廊下のそこが見やすい。庭の築山辺りから出るよ」、夜も更けて参りまして、丑三つ刻。庭がパッと光って、「『♪梅は咲いたか桜はまだかいな~ 柳なよなよ風次第 ヤマブキャ浮気で色ばっかり しょんがいな~』。誰だぃ今時分こんな所に引っ張り出したのは・・・、面白くねぇッ、矢でも鉄砲でも持って来やがれッ」、「な何ですか」、「あれが植木のお化けだ」、「酔ってくだ巻いていましたね。あれは何です?」、「榊(さかき)に蘭(らん)が化けたんだな」、「?」、「酒気に乱だから、酒乱だな」。
■南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう);
日蓮(1222〜1282)は、多くの僧が「浄土往生(じょうどおうじょう)」の教えを説いたのに対し、「南無妙法蓮華経」を唱えればこの世に受けた肉体のまま仏になることが出来るという「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」を説き、他宗に敵対しました。
■日蓮(にちれん、貞応元年(1222年)2月16日- 弘安5年(1282年)10月13日)は、鎌倉時代の仏教の僧。鎌倉仏教のひとつである日蓮宗(法華宗)の宗祖。滅後に皇室から日蓮大菩薩(後光厳天皇、1358年)と立正大師(大正天皇、1922年)の諡号を追贈された。
■橘(たちばな);オチの橘は、日蓮宗の紋所「井筒に橘」です。
■横根(よこね);鼠径(ソケイ)リンパ節の炎症によって起る腫物。多くは性病に原因するが、また、下肢の創口から侵入した細菌が原因をなすこともある。便毒。横痃(オウゲン)。〈日葡〉
■お前待ち待ち蚊帳の外、蚊に食われ七つの鐘の鳴るまでは、こちゃかまやせぬ;江戸末期に流行した俗謡を、明治初年に、東海道五十三次を江戸の日本橋から出発する旅の唄に改めたもので、各節の終わりが「こちゃえ こちゃえ」の囃子詞(はやしことば)で終わるところからの名称。また、曲の初めの文句「お江戸日本橋」をそのまま曲名にしている。江戸時代の元唄は、「お前待ち待ち蚊帳(かや)の外〈略〉こちゃ構やせぬ。こちゃ構やせぬ」であった。羽田節。
■幽霊と化け物(ゆうれいと ばけもの);人が死んで化けて出るのが幽霊。物の怪(け)が出てくるのがお化けで、狐が七化け、狸が八化けという。人以外のものが化けて出てくるのが化け物。
■石童丸(いしどうまる);苅萱(カルカヤ)道心の子。出家した父を尋ねる哀話の主人公。石堂丸。
『刈萱物語』
■千代桜に刈萱(かるかや);
■三千歳(みちとせ);清元の一。本名題「忍逢春雪解(シノビアウハルノユキドケ)」。河竹黙阿弥作詞。清元お葉(二世清元梅吉とも)作曲。1881年(明治14)初演。「天衣紛上野初花(クモニマゴウウエノノハツハナ)」の6幕目「大口寮座敷の場」で使われた狂言浄瑠璃。悪事がばれて高飛びしようとするお尋ね者片岡直次郎は、最後の別れをしようと、大口屋の寮に出養生にきている遊女三千歳のもとに忍んでくる。 特に「一日逢わねば」以下の新内がかりのくどきが有名。
三千歳 (1813-1884) 江戸時代後期の遊女。
文化10年生まれ。本名なを。江戸浅草の茶くみ女から新吉原の遊女となる。処刑された情人の片岡直次郎の死骸をひきとり墓をたてた。明治17年8月31日死去。72歳。
■並木、駒形、花川戸、山谷堀からちょいと上がりゃ 長い土手をば通わんせ・・・ 雪の入谷・・・;
■雪の下に女郎花(オミナエシ);雪の下は、本州、四国、九州及び中国に分布し、湿った半日陰地の岩場などに自生する常緑の多年草。人家の日陰に栽培されることも多い。葉は円形に近く(腎円形)、裏は赤みを帯びる。本種は種子に因る種子繁殖のみならず、親株の根本から地上茎である走出枝(runner/ランナー)を出して栄養繁殖する。
北半球での開花期は5~7月頃で、高さ20~50cmの花茎を出し、多数の花をつける。花は5弁で、上の3枚が小さく濃紅色の斑点があり基部に濃黄色の斑点があり、下の2枚は白色で細長い。花弁の上3枚は約3~4mm、下2枚は約15~20mm。本種の変種または品種とされるホシザキユキノシタには、こうした特徴は現れない。和名ユキノシタは、雪が上につもっても、その下に緑の葉があることからだと言われる。(他説有り)
■梔子(くちなし);「くちなしや鼻から下は直ぐに顎」と言うだじゃれがあります。この噺でも口が無いから静かだったと言っています。
■毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ、Vairocana);大乗仏教における仏の1つ。華厳経において中心的な存在として扱われる尊格である。密教においては大日如来と同一視される。東大寺の大仏が有名。略して盧遮那仏(るしゃなぶつ)と言い、宇宙の真理を全ての人に照らし、悟りに導く仏。
■勧進帳(かんじんちょう);
(1) 寺社、堂塔の建立、修理のため寄付金をあおぐ趣旨を記した文書。
「勧進帳」歌川豊斎画 左から義経、弁慶、富樫。
歌舞伎勧進帳概略 富樫左衛門の守る加賀国安宅ノ関を、東大寺勧進の山伏に身をやつした源義経主従が武蔵坊(むさしぼう)弁慶の知略で通過する物語。弁慶が白紙の巻物を勧進帳と称して読み上げ、番卒に見とがめられた義経を金剛杖(こんごうづえ)で打擲(ちょうちゃく)した機転によって虎口(ここう)を脱する。大筋は『安宅』とまったく同じだが、山伏の故実に関する富樫の質問を弁慶が鮮やかに切り抜ける「山伏問答」を講釈から取り入れ、計略のため主君を打ち据える弁慶の苦衷を富樫が察し、情けによって通してやるという構成にしたのが作劇上の特色。能の簡素で典雅な様式に歌舞伎の長所を注入した七世団十郎の意図を、明治期に九世団十郎が改良洗練し、1891年(明治24)の天覧劇でも上演、その後は七世松本幸四郎が生涯に1600回も演じたことで屈指の人気演目になった。内容が判官(ほうがん)びいきの大衆感情をとらえ、総体に健康的でダイナミックな感覚が現代人の好みにあっている。長唄が名曲で、演出も勧進帳読み上げから、山伏問答、富樫の呼び止めで双方詰め寄るあたりの迫力、危機を逃れた主従が感慨にふけるところの哀感、富樫から贈られた酒で快く酔った弁慶の延年の舞、最後に花道を引っ込む弁慶の飛六方(とびろっぽう)まで、見どころは多い。
■石菖(関所)に弁慶草;
写真左、「石菖」。右、「庭石菖」。
弁慶草(べんけいそう);ベンケイソウ科の多年草。山地に生え、高さ約50cm。葉は対生し、楕円形で厚く、白みを帯びる。夏から秋、淡紅色の小花が多数集まって咲く。ベンケイソウ科の双子葉植物は約1500種がオーストラリアを除く全世界に分布。多肉性の草本が多く、キリンソウ・タコノアシなども含まれる。いきぐさ。
上写真、弁慶草
■丑三つ刻(うしみつどき);丑の時を4刻に分ちその第3に当る時。およそ今の午前2時から2時半。「草木も眠る丑三つ時」。
■築山(つきやま);庭園などに、山に見立てて土砂または石などを用いてきずいたもの。
■『♪梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳ャなよなよ風次第
山吹や浮気で 色ばっかり しょんがいな
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