落語「茶漬間男」の舞台を行く
   

 

 桂米朝の噺、「茶漬間男」(ちゃづけまおとこ)より。別名「二階の間男」、「お茶漬け」


 

 「不倫」てな言葉があって、あんなの別に珍しいことでもないんでっせ、昔からありまんねん、あ~言うのは。不倫やとかね、コキュ~とかね、間男とか、みなこれおんなじよ~なこってございますが。昔からそ~言う話はたくさんございます。今も女の方が強いんです。

 夜中にね、亭主が今日は帰って来ないてな日がありまっしゃろ。よその男性を引っ張ってきて、ベッドへ枕並べて寝てる。そんなところへ、ベロベロに酔~て「おいッ、今帰ったでぇ~ッ」てなことになると、男のほ~がも~ビビってしまう。ところが女のほ~は平気なんです。「帰って来たやないかッ!」、「帰って来ぇへんはずやった」、「マンションちゅうやつは裏口がないさかい、逃げよ~がない・・・」、「かめへん、寝てなさい。大丈夫、あれぐらい酔~てたら、うちの人何も分かれへん。もの言ぅたらいかんよ」、豪胆なもんでございまして、端ぃよその男寝かしといたまま表のドア開けたら、も~ベロベロ。
 「早よも~服脱いで、早よ寝なはれ」、無理矢理さぁ裸にしてベッドへ引きずり込む。こっち側にはよその男が寝てて、こっち側に婿はんが寝てて、サンドイッチみたいにこ~挟まって寝てたんですが、そこの亭主が、「ど~もおかしぃ。分からん。何で、足が六本あんねん?」、「四本の足が六本に見えてんねやがな」、「いぃ~や、俺は調べる」と言ぅと、ベッドから降りて後ろへ回ってきて、目ぇこすりながら、「一本、二本、三本、四本。あぁ、やっぱり四本やった」、安心して寝てしもた、てな話がおまっさかいな。

 夫婦で寝てるのに、奥さんが妙な夢を見たんですなぁ、寝言を言ぅた。「えらいこっちゃ、うちの人が帰って来たッ!」。大変な寝言を言ぅてしもた。それ聞ぃた亭主ビックリして窓から逃げた、っちゅうんですがねぇ。も~かなり複雑なこの、関係になってるんやないかと思うんです。

 『出会い茶屋』なんて江戸で言ぃまして、関西では「盆屋(ぼんや)」といぅよ~なところがあった。入口に深ぁ~い暖簾がぶら下がってましてな、ちょっと入ったらも~外からは顔が見えんといぅよ~なところ。そんなもんがあっちやこっちにあったといぅよ~な時分の噺です。

 「♪お前ぇ~ 待ち~まち~ 蚊帳の外~~ かッ」、外から歌声が聞こえます。
 「あんた」、「なんや?」、「わてお風呂行って来るわ」、「わし今飯食ぅてんねやろ(ズズッ、ズズズッ)茶漬け食ぅてんねやさかいな、済ましてから風呂へでもどこへでも行たらえぇがな」、「それが、隣りのお咲さんと約束してたんや『ちょっとあんたに聞ぃてもらいたいことがある』、『ほんなら、お風呂へちょっと早よ行くさかいな、お風呂でゆっくり話聞きまひょ』言うて約束してたんやがな。それ今思い出したん。ちょっと行てくるわ」、「こらッ、こらッ! なんちゅう女やろな、ほんまに。六十年の不作とはよ~言ぅたもんや(ズズッ、ズズズッ)」。

 「こっちや、こっちや」、「いっぺん通ったら分かってるこっちゃ、キッカケけつけて出よ思てんのに。時間が無いので、じきに盆屋へ行かんことには」、「財布忘れてきたんや。盆屋へも行かれへんやないかいな」、「『お風呂行く』言ぅて出て来たのに、お金なんか持ってへんがな」、「ほなも~、またにしなはれ」、「そんなこと言ぅたら、またいつのことになるや分かれへん、この辺でどっか部屋借れるよ~なとこないか? そうだ、お前とこの二階、空いてへんか?」、「何やて?」、「二階、二階の部屋」、「そら空いてるわいな」、「そこ、ちょっと借りよか」、「あんた、何を考えてんの。下でうちの人、お茶漬け食べてんねやで」、「かめへん、うまいこと言ぅさかい。黙って付いて来い」。

 「こんばんわ」、「はい、誰や。まぁこっち入って」、「時分どきか?」、「わしが茶漬け食ぅてんのに、ほったらかしてうちの嬶(かか)・・・」、「そ~か、いやいや、お芳さん留守ならちょ~どえぇわ。ちょっと頼みがあんねや」、「何やねん? 金か?」、「違う。ちょっと、二階の部屋貸してもらいたいんや」、「あの女とまだ続いてんのんかいな?」、「いや、あの女とはも~別れてな、この頃、この近所の人の嫁はんやねん」、「も~、そんなことに使うやなんて・・・、うちのやつが帰って来たらボヤキよるがな」、「いや、帰って来ぇへん」、「そんなこと分かるかいな」、「近所の人やさかい、お互いに顔を知ってたら気まずいもんができるやろ、ちょっとこの、電気を消さしてもらお~」、「こ、こらッ、何すんねや、人が飯食てるのに」。

 「入っといで、入っといで、でな、そこの階段から二階上がって、挨拶も何も要らん、えらい済まん、すまん」、「これ、おかしぃとこへ棚が吊ったぁんねやがな、頭を・・・? 上手いこと上がりやがったなぁ。真っ暗けにしやがって、ほんまにも~、あいつが風呂行くさかいあんなもんが入って来んや、アホらして茶漬けなんか食てられへんで。嫌んなってきたなぁ、静かにしぃやおい、下で飯食ぅてんねやで、も~、あいつ早よ帰って来やがったらえぇのにどんならん、味も何も分かれへんがな」、、、「えらい済まん、必ず近々入れ合わせする。ちょっと一杯奢るよってにな、お芳っさん内緒やで頼む。今下りてくるさかいな、顔がまた見えたら具合が悪い、ちょっと消さして・・・」、「こら、こらッ! また真っ暗がりにして」、「挨拶も何も要らん、下駄間違わんよ~にしぃや。えらい済まなんだ」。
 「灯(ひぃ)ぐらい点けて行け、ホンマにも~、わしも~、最前から電気点けることばっかりしてんねや。嫌んなってもたなぁホンマに」。

 「ただいま」、「いつまで風呂行てんねん」、「あんたまた、いつまでお茶漬け食べてんの? 長い茶漬けやなぁ」、「茶漬け、ひとつも捗(はかど)らへんねやがな」、「何でぇな?」、「お前が出て行くなり、辰が入って来たんや」、「何しに来たんや?」、「『二階の部屋を貸せ』っちゅうてな」、「何でぇ?」、「女ご、連れて来てんねやがな『盆屋行く銭が無いさかい、ちょっと部屋貸してくれ』って」、「嫌やでまぁ、そんなことに使われたら、で、前の女ごはんとまだ続いてんのか?」、「あれとはも~別れたんやて。で、今度はこの近所の人の嫁はんや言ぅとったで」、「まぁ~ッ、そんなことして、バレたらえらいことになんのに」、「何や亭主がボ~ッとしてるそ~やさかい、大丈夫やとは言ぅてたで」、「大丈夫か何か知らんけども、ほな、そのご亭主は何にも知らんのやな。知らんとその人、今時分どないしてるやろなぁ? 」、「さぁ、お~かた何も知らんと、茶漬けでも食てるやろか」。 

 



ことば

茶漬間男(ちゃづけまおとこ);「二階の間男」と言う題で円生は演じていますが、この噺と同じ内容。春風亭柳昇は「お茶漬け」でやっています。この噺は短い噺で本題は10分もあれば終わってしまう噺なので、米朝はフランス小話二題をマクラで振っています。また、柳昇はマクラだけで終わってしまうのかと思うほどの長いマクラです。

茶漬け(ちゃづけ);主に米飯に茶をかけた料理のこと。茶をかける御飯の食べ方を指していることもある。お茶漬けと丁寧に呼ばれる場合もある。場合によっては白湯をかけた場合でも茶漬けと呼ぶことがあるものの、白湯をかけた場合は一般に湯漬けと呼んで区別される。 炊き干しされた一般的な飯に白湯やスープ(出汁など)を合わせ食べさせ方は米食の慣習がある地域で広く見られる。茶粥としては大和国の寺院で古くから食べられていたとされる。 レシピによっては、茶ではなく出汁をかけた料理や、出汁に限らず何らかのスープをかけた料理を「茶漬け」と呼ぶ場合があり、呼称には幅がある。
 大阪では天保年間(1830 - 1844年)のネタ帳に『京の茶漬』として記載がある。原本は江戸のものであるが、題目としては有名でなかった噺のためか演目記録は少なく、戦前期の新聞雑誌等での紹介も少ない。桂米朝が同演目を復興させたことにより、そのような文化とともに「京の茶漬け」「京のぶぶ漬け」が広く知られるようになった。

 

 「お茶漬け」、永谷園のお茶漬けと、豪勢に盛ったお茶漬け。

間男(まおとこ);夫のある女が他の男と密通すること。また、その男。情夫を持つこと。男女が私通すること。間男を発見された場合、二つに重ねて四つに切っても良かった。ただ、10両の命であったから(10両盗めば首が飛ぶ)、10両払えば示談が成立したが、助命のための示談金は享保年間以後、ずっと七両二分と相場が決まっていました。高い買い物ですが、どちらも止められない。

  

 夫のある女性が他の男性と肉体関係など男女の関係をもつこと。また、そういった男性をいう。こういった関係や男性を間男と呼ぶ理由は諸説あるが、「夫婦の間に入ってくる男性」からきたとする説が浸透している。また、読みは「まおとこ」以外に「まお」とも読む。寝取られた男をフランスでは”コキュ”という。
  フランス小話にも格好の題材とされる。また、川柳にも良い題材を与えています。
  『戸棚にしまう女房の隠しぐい』 末摘花
  『どっかどう戸棚へしゃがみこむ一大事』 亭主が急に帰って来たので、ドタバタと戸棚に逃げ込む。まさに一大事です。
  『間男と亭主抜き身と抜き身なり』
  『抜いて逃げ抜いて亭主が追いかける』 同じ抜き身でも亭主は間男の逸品には敵わない。
  『間男の不首尾こぼしこぼし逃げ』 間男がこぼすのは愚痴ではありません。この様なことが繰り返すと淋病になるという迷信があった。
  『間男の淋病心覚えあり』 現場に踏み込み見つけると、武士なら二人を重ねて四つにしたが、町人なら内済金を五両取って済ませた。この五両は田沼時代以降七両二分にあがった。
  『四つにすべきを黄なるもの五ツにし』
  『一分だめしの奴なれど五両取り』
  『入れるか入れないで七両二分とられ』

  フランス小話で・・・。
  あまり咄嗟のことで逃げ隠れが出来ない二人に、亭主が頭にきてヒステリックな大声で怒鳴った。・・・が、亭主気が付いて言った。「おい、せめて俺が文句を言っている間は腰を動かすのは遠慮したらどうだッ!」。
  そのⅡ  友人の病院で不思議な病気を見てきた。「それってどんな病気なの?」、「男のお道具がピンとなったきり、小さくならないんだ」、「まあ!」と細君下を向いたが、ややあって「その病気、伝染するの?」。
  そのⅢ、珍しく昼過ぎに我が家に戻った亭主は、下着姿の女房を見て、「だれか、ここには男が居る」、女房は心配そうな声で「誰も居ないわよ」、「いや、確かに居る」、まづ戸棚を調べて「ここには居ない」、次に浴室のドアーを開けて「ここにも居ない」、押し入れを探したが居ない、リビングを探したが「ここにも居ない」。最後に物置小屋の戸を開けると、目の前にプロレスラーのような、腕っ節の強そうな男が居た。男の顔を見るなり、直ぐ戸を閉めて大声で叫んだ「ここにも居ない」。
 この項、落語「戸棚の男」より孫引き

不倫(ふりん);日本経済新聞に掲載された渡辺淳一の小説『失楽園』が不倫を題材にした大胆な性描写で話題となり、1997年、映画化、テレビドラマ化され流行語になった。

ケッタイ;(ケタイ(卦体)の転)(上方方言) 風(フウ)変りなさま。奇妙なさま。不思議なさま。広辞苑。
 大阪ことば事典では、妙な・変な・へんてこな・おかしな・奇態な・嫌な・不思議ななど、実にいろいろな意味を含んだケッタイな言葉。エゲツナイと並んで上方言葉の両横綱。怪体とも奇態とも希代とも卦体とも当てる。

コキュ~;仏語〔cocu〕:妻を寝取られた男。コキュ。フランス小話では主役です。

昭和二十年までそ~でしたかなぁ;姦通罪は1947(昭和22)年施行された日本国憲法(14条、男女平等)により違憲とされ、同年10月の刑法改正によって廃止された。姦通罪=夫のある女性が姦通する罪。相手方も処罰される。親告罪の一。男女平等の原則に反するので、1947年の刑法改正により削除。

ビビる;鎧で身を固めた大軍が移動するときの、鎧の触れ合う音を「びびる音」という。また、この音を聴いて浮き足立つことを「びびる」という。平安時代末には既に使用されていた古語。
 はにかむ。気おくれして、しりごみする。誹風柳多留7「あいさつに男のびびる娵(ヨメ)の礼」。

盆屋(ぼんや);江戸では『出会い茶屋』。連れ込み宿。襖の隙間からお盆だけ出し入れして応対したことによる。 噺の中で、米朝は、
 スッと入ったらも~外界からは遮断されます。見たらこ~梯子段があるんですな、私の師匠が言ってました。で、履物を脱いで持ってトントン・トントンと上がって行って、こっち側は窓か壁で、こっち側にこの部屋が四つなり五つなり並んでまんねん。襖が閉まってるところは、こら使用中、塞がってるわけで、襖の開きっぱなしになってるところは空室でございますんで、そこへ入って行って襖を閉める。と、突き当たり曲がったところに女将さんなりそこの親爺なりがおりまして、ヒョッと覗いて「あッ、今何番目が入ったな」てなもんで、小さいお盆に小さい湯呑みを二つ乗せてな、でこ~持って行って、この襖をお盆の幅だけ開けるんですな。それ以上余分な開け方はしまへんねん。その間ズッと下を向いたまま「お越しやす」ちゅうて閉める。ほな、掛け金でも下ろしたら、あとは二人っきりになれる、と言うよ~な、そ~言う仕組みになってましてね、一時間何ぼとか書いてある。で、お盆の上へ金額を置いて出て行くと、足音が聞こえたらあとからすぐ部屋へ入って金を調べるんです。足らなんだら追いかけて来るけど、まぁ滅多に足らんことはなかったそ~でございますが。下へ下りて履きもんを履いて、こ~暖簾から様子を見て、大丈夫やといぅんで出て行って、こ~右と左に別れるといぅ、まことに都合よ~できてた。
 こんなものがたくさんあって、戦後ね、茶臼山の近所に二軒残ってたんやそ~です。わたしあの、牧村史陽といぅ大阪の郷土史を研究する先生がおられましたが「米朝はん、あれ昔の盆屋や。今商売してへんけどな」、「あ~、あれがそ~ですか」、「二軒並んで、どっちもそ~やねん」てね。で、大阪市も“これも一つの文化財であるから、ちゃんと保存しよ~”といぅ話も何も出んうちに潰されてしまいましたけど。

わたしの師匠;四代目米團治:本名、中濱賢三(1896~1951)享年55歳。代書人の資格を取得し、自宅(大阪市東成区大今里町・東成区役所横)で「中濱賢三代書事務所」を開業したときの体験から「代書」(代書屋)を創作した。桂米朝の師匠に当たる。米朝の息子三代目桂小米朝が五代目桂米団治を継いでいる。
 息子の小米朝が五代目米團治を継ぐことについては米朝も喜んでいたようですが、当初、桂ざこばは米朝を継ぐように画策していましたが、米朝は「ほんならワシは今さら何になんねん」と断ったという笑い話が残ります。
右写真:四代目桂米團治

牧村史陽(まきむらしよう);1898(明治31)年10月1日、大阪船場の木綿問屋の長男に生まれる。大蔵商業高校を卒業後父の死後家業を別家に譲り、独学で郷土史関係の実施調査。1952(昭和27)年から郷土史研究グループ「佳陽会」を主宰「郷土史は足で書け」が持論であった。昭和33年大阪日日新聞文化牌、昭和52年大阪市民表彰、昭和53年大阪文化賞などを受賞。1979(昭和54)年4月25日没。「大阪ことば辞典」(右写真)の編者。

♪お前ぇ~ 待ち~まち~ 蚊帳の外~~;『コチャエ節』。メロディは「お江戸日本橋」江戸時代の「羽根田節」がもとになっていて、明治に流行した。
 歌詞の1番が「♪お江戸日本橋・・・」で、2番が『♪お前待ち待ち蚊帳の外 蚊に喰われ はぁコリャコリャ 七つの鐘の鳴るまでも う~ 七つの鐘の鳴るまでも コチャエ コチャエ お前は浜のお奉行様 潮風に吹かれてお色が真っ黒け 白ても黒てもかまやせぬ コチャエ コチャエ』
。志ん朝や八代目文楽の「愛宕山」でも歌われています。『スチャラカチャンたら スチャラカチャン・・・お前まちまち蚊帳の外・・・』。

女房の悪いは六十年の不作;妻選びは慎重にしなさいという教え。 悪い妻を持つということは、自分が一生不幸になるだけでなく、子々孫々まで悪影響を及ぼし、その影響が六十年続くことから。

時分どき;食事の時間帯。

どんならん;仕方がない。どうにもならない。しょうがない。どうしようもない。どうにもならぬ。ドウモナラヌ→ドモナラン→ドムナラン→ドンナラン。「大阪ことば辞典」より

入れ合わせ;埋め合わせ、つぐない。



                                                            2018年10月記

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