落語「ウワバミ」の舞台を行く
   

 

 金原亭馬の助の噺、「ウワバミ」(うわばみ)より


 

 山道にウワバミが住んでいた。最近は人を吞むという噂が広まって、人通りが途絶えていた。腹を空かせたウワバミはどんな人間が来ても吞んでしまおうと待ち構えていた。

 そこに若い男が息せき切って通りかかった。男は命乞いをしたが聞き入れてもらえず、飲み込まれてしまった。
 続けて若い女が、山道を上がってきた。「器量は良いが・・・、味とは関係ないかァ。女が呑めると分かっていたら、男なんか吞むんじゃ無かった」。
 女に向かって「待てッ、吞んでやる」、「アレ~ッ」、「若い女は最近吞んでいないんだ。吞ませて貰うゾ」、「吞まれたくない訳があるんです」、「往生際の悪い奴だ。さっきの若い男よりうるさい」、「先ほどの男というと・・・、歳の頃二十二三の浅黒い、もう吞んだのですか」、「吞んだ」、「諦めます。私を吞んでおくれ。生きている甲斐が無い。化け物ッ」、「ヤケのやん八の二人を吞んだら、食あたりにならなければ良いがな~。ヨダレが出て来た。吞ませて貰うぞ」。

 「あれッ、何だい・・・。女だ・・・。誰だッ」、「その声は長ドンだね」、「その声は、お嬢さんですか。何でここに・・・」、「来たくて来たんじゃない。何で店の金を持って逃げたんだぃ。お金のことではなく、店から逃げたんだぃ」、「聞いたらお嬢さんが、笑いますまた、怒ります」、「笑いません。怒りませんたら・・・。言っておくれ」、「お嬢さんは来月、上州屋さんに嫁に行くと聞きました。店ではみんな知っています。それを聞いたら、目の前が真っ暗になって・・・」、「上州屋さんには嫁に行かないの。知ってたんだから、お前が私を好きだって」、「本当ですかッ」。
 「痛い、そんなに抱きしめたら、背中の骨が折れちゃう」、「背中の骨が折れようが、首の骨が折れようが、お嬢さんを離しません」、「長吉、私も離しませんよ」、「こうなったら店に帰りません。逃げましょう」、「どうやって・・・」、「この壁を登りましょう。手を離したらいけませんよ」、「長吉、チョット待って。ムズムズしてると思ったら、足が溶けて無くなってる。長吉、お前の足も半分無いよ」、「助けてくれ~。二人は好き合った仲なんだ」、「こんな身体になったんだ。一緒に死のう。お前に何か有ったら私も死のうと思って、家を出る時、毒を持ってきたんだ。心中しよう」、「これを飲むのですか」、「私は、こんな身体誰にも見せたくない。死にましょう」。

 ウワバミは、このままではダメだろうと、飲み込みの良い所で、これから江戸へウワバミ道中。

 「自身番。若い二人が腹の中で心中した」、「ご同輩、検視を致さなければならない」。と言うので、3人の役人を呑んだ。手際よく棺桶屋が棺桶を二つ運び込んだ。親類一同が集まってくる。坊さんが3人来て、呑み込まれ、祭壇の前で経を上げている。表にはウワバミの口の両脇に、お焼香の受付が出来ます。参列者はウワバミの口から順に中に入って行くが、ウワバミはいい加減ウンザリしているところに目の前に運ばれたのが花輪。「町内の方々からのお心で、腹の中に飾らせてもらいたいのです」、「ダメだ、ダメだぃ」、「どうして?」、「故人の遺志により花輪は硬くご辞退申し上げます」。

 



ことば

ウワバミ大きなヘビのこと。漢字では蟒蛇と書く。特にボア科のヘビを指す。伝説上の大蛇(おろち)を指すこともある。 大きなヘビを指す日本語としては、古代の「をろち(おろち)」に代わって15世紀頃から使われるようになった。
 馬の助は、「おろちの中で、大きな大蛇なのですが、『ウワがバミるからで、恐いものであった。それからは、恐いものをウワバミと言った』」と言いますが、眉にツバつけて聞いて下さい。

足柄山の熊VSうわばみ×袴垂保輔 歌川芳艶の「破奇術頼光袴垂為搦」

人を吞むというウワバミが出て来る落語
・ 「夏の医者」、病人を診るのに、隣村に行くのに山越えをしたのですが・・・。
・ 「田野久」、久兵衛さん、鳥坂(とさか)峠でウワバミに吞まれそうになったが、タヌキと間違われ・・・。
・ 「蛇含草」、そば清の上方版で、蕎麦を食べるのではなく、焼餅を頬張るのですが・・・。
・ 「そば清」、江戸の蕎麦を食べる、そば清さんの話。強力な消化剤を見つけたが・・・。
・ 「ウワバミ飛脚」、明石から大坂へ帰る飛脚が急いでいると、途中大きなウワバミが大きな口を開けて飛脚を一吞みにすると、勢いの付いた飛脚は飛び込んで、そのままウワバミの尻からスポッと出て「ドッコイサノサ」と走り去ってしまった。後を見送ったウワバミは「しもうた。フンドシをしておいたらよかった」。

 昔、山には年老いたウワバミがいて、山道を行く旅人を吞んだと言う逸話が残っていて、今回のこの噺になったのでしょう。次は、池に居る大蛇の噺。

・ 「いうにいわれぬ」、世の中には、言うに言われぬ事が多く有ります。例えば間男の件で、「町内で知らぬは亭主ばかりなり」で、その亭主に口を滑らせたら大変なことになる。言いたくてもガマンすることが多々有ります。
 昔の人はヘビが昇天すると言った。ヘビでも年数が経って功を積むと、天から雲の迎えが来て昇天した。その時起こるのが竜巻だと言われる。ある古池に古くから住んでいる大蛇、近く昇天するというので準備をしていた。同じ池に住む亀が、一緒に連れて行ってくれと言う。ヘビは承知をしたが、翌日竜巻が出ると、ソレッとばかり迎えの雲に乗って、天に昇ってから亀の事を思い出した。「あ~、悪い事をした。今一度迎えに行ってやりたいのは山々だが、もう二度と昇天の機会がなくなってしまう。困ったな~」と、下を見ていると、利口な亀はヘビの尻尾をくわえて、尻尾にくっついて、「ここにいるよ」と言いたいのだが、言ってしまえば真っ逆さま。そこがそれ、「いうにいわれぬ」。

自身番(じしんばん);江戸時代、江戸市中警戒のために各町内に設けた番所。地主ら自身が、後には家主たちが交替でここに詰め、町内の出来事を処理した。
 暮れの火の見には、落語の世界では「二番煎じ」があり、二班に分かれたグループが帰ってきて、ここで猪鍋や身体が温まる薬を飲んで、役人に見付かるのも、この自身番屋での出来事です。町内で金を出して、旦那連中が集まり、火災から、防犯、町内の人事、所帯の変更、生死の届け等の事務手続きから火の回りまでしました。犯人を留め置いたり、役人への連絡などもしていました。

心中(しんじゅう);相愛の男女がいっしょに自殺すること。情死。

検視(けんし);検察官などが変死者の死体を取り調べること。検屍。

棺桶屋(かんおけや);葬儀屋。棺に用いる桶、早桶を商う商売。江戸時代は亡くなってから特注で作られ、座棺で、大きな酒樽のような形状だった。落語「付き馬」に詳しい。

祭壇(さいだん);祭祀を行う壇。供物をささげるために他から区別され、聖化された場所。普通には高い所に設けられ、諸宗教の儀礼の中心。
 葬儀の祭壇は、故人の棺、または写真を中止に飾られた段。

お焼香(おしょうこう);香をたくこと。特に、仏前・霊前で香をたいて仏・死者にたむけること。



 1.香を薫じて仏を供養します。 仏さまへ敬意をもって、我々の香は粗末ではあるが差し上げますという気持ちで行います。 仏さまへ敬意を表しているわけです。
 2.自分の身や心を清浄にします。 私達も汗臭い臭いよりは、よい香りを好みますよね。 清浄な仏さまの前に座らせて頂くのに、焼香をしてお参りする自分自身を清める意味があります。
 3.妙香(良い香りのこと)で極楽世界を想起し、仏恩を喜びます。 立ち上る香煙やよい香りが極楽世界の荘厳(しょうごん・お飾りのこと)を思い起こさせます。 香りが隅々まで平等に行き渡るところから、すべての人に差別・区別なく行き渡る仏の慈悲にたとえられます。
 4.香が燃え尽き灰になる様子から、我が身の無常を悟れとの教えを頂きます。 良い香りを発し燃えていた香も、燃え尽きれば冷たい灰となる様子から、いずれは消えゆく人の姿をたとえていると言われます。



                                                            2018年8月記

 前の落語の舞台へ    落語のホームページへ戻る    次の落語の舞台へ

 

 

inserted by FC2 system