アホの出てくる落語は多いようでそんなには多くありません。この噺もホンにアホかというとそうでもなさそうです。
「お前のことを世間では、アホと言ってる。それでは嫁の来手がないぞ」、「だったら、家の花子をもろうておこう」、「あれは、お前の妹だよ。兄弟で夫婦になれるかい」、「家では親同士で夫婦やがな」。なるほどね~、なんて気になってきます。こういうのが二人集まるとメチャクチャになります。
「そんなところで竹の棒を振り回してどうしたん」、「天の星を書き落とそうと思っているや」、「アホやな~。そんなもので届くかぃ。屋根に上がれ」。これが三人連れになると複雑になります。
「兄さん、来年の3月の節句と5月の節句とどっちが先に来るだろう」、「アホやな~。来年になってみないと分かるかぃ」、そばにいたおとっつあんが、「やっぱり兄は兄だけのことはある」。
「こんにちわ」、「まぁまぁそこへ座り・・・。いや、きのうもお前のお母はん来てえらいぼやいてたで、この頃家帰ってへんそぉやないか?」、「へぇ、この頃我が家へご無沙汰してまんねん」、「だいたい今お前はどこにいてんねん? 」、「あんたの目の前に座ってまっしゃないかい」、「いや、それは分かってるわいな。どこにオイド落ち着けてんねんや?」、「座布団に落ち着けてまんねん・・・」、「寝起きするところを尋んねてんねん」、「お陰さんで布団の中で寝起きしとりまんねん」、「どこに棲(す)んでんねや? っちゅうねん」、「『棲んでる』てあんた、狸みたいに言ぃなはんな。それやったら目下のところ十階の身の上ですわ」、「『十階』こらまた高いところやなぁ、ビルに住んでんのんか」、「よその二階に厄介になってるさかいに、二階と厄介と合わせて・・・」、「それやったら居候やないか、そらいかんがな。で、何ぞ銭儲けはやってないのんか?」。
「いっ時、『鳥取り』ちゅうのんやってましたで」、「鳥取りちゅうたら何や」、「鳥を捕まえるさかいに鳥取りですわ」、「鳥刺しと違うのんかえ」、「鳥刺しは一羽二羽と捕まえるが鳥取りは違うぇ。五十羽でも百羽でも雀がいてたらいてるだけの雀をいっぺんにパ~ッと捕まえまんねやで」、「どないすんねん」、「あんた伊丹の名物で、『こぼれ梅』っちゅうのん知ったはりまっか」、「あぁ、味醂粕のことか」、「その味醂粕のこぼれ梅と、南京豆の殻かぶった、瓢箪みたいな形した、あれをぎょ~さん買ぉてきまんねやがな」、「どないすんねん」、「上町にね、わたい心安いお寺がおまんねん。そこの庭にぎょ~さんの雀が集まって来よるんですわ。で、そこの庭行て、まずこぼれ梅をベタ一面にバラバラバラバラ~ッと撒きまんねん。あっちこっちから雀がチュンチュンチュンチュン飛んで来よって、このこぼれ梅を見付けよりまんがな。『ちょっと、チュン吉っつぁんに、チュン左衛門はんに、チュン兵衛はんに、おチュンさんも、みな寄って来なはれ。いま人間が下にあんな美味そぉなもん撒いていきましたで、あれみんなで食いに行こやおまへんか』と、雀が雀の言葉でこぉいぅこと言ぅとるわけでんなぁ。ほんだら中に一羽、用心深い雀っちゅうのがおってね、『ちょっと待ちなはれあんた。こら何ぞ計略やも分かりまへん』いぅて警戒してなかなか降りて来よりまへんねん。と、一羽遅ればせに辰巳の方角から、『チュチュウ、チュウチュウ、・・・』と、飛んで来たんが江戸っ子の雀ですわ」、「雀に江戸っ子てなもんがあるのんか」。
「吉原雀のチュン太郎いぅやつでね、粋な雀でっせ。豆絞りの手拭を肩へポイッ」、「嘘つけ、アホ。雀がそんな格好(かっこ)するかえ・・・」、「『おぅおぅ、おめぇっちは何をしてんだい?』と、これ江戸っ子で言ぃよりまんねん、『あぁ、こらお江戸の兄さんでっかいな。いま人間が下にあんな美味そぉなもん撒いていきましてんけども、こら何ぞ計略やも分からんちゅうて、わたいら用心してまんねん』言ぅたら江戸っ子が、『なにを、べらぼぉめ』てなこと言ぃよってね。『だから贅六(ぜぇろく)雀は嫌だってんだ、何が恐ぇんだい。昔から、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』てぇことがあらぁ、『高けぇとこに登らなきゃ熟柿(ずくし)は食えねぇんだ』。おいらがこれから手本を示してやるから見てなよ』っちゅうなり、この江戸っ子の雀が飛んで来て、このこぼれ梅をちょいッとつまんでバタバタバタァ~ッと戻って来よる。『あ、お江戸の兄さん帰って来た。何ともおまへんか?』、『何ともありゃしねぇよ、なかなか口当たりのいぃオツなもんだよ。おめぇっちもやってみな』てなこと言ぃよってね。こんなん言われて食いに行けへんかったら大阪雀の名折れになりまんがな。地元代表てな勢いのえぇ雀が、『チュチュウ、チュウチュウ、・・・』飛んで降りて来て、このこぼれ梅をちょいとつまんでバタバタバタァ~ッと戻って来よる。河内の雀が、『チュチュウ、チュウチュウ』ちょいとつまんでバタバタバタァ~ッ。チュチュウちょいバタ、チュンちょいのバタっちゅうやつでんなぁ。さぁしばらくしてもぉ大丈夫やっちゅうことが分かったら、そこらじゅうにおった雀がバァ~ッと集まって来よって、『チュチュウ、チュウチュウ、・・・』、ウイッ、『ヂュウヂュウヂュウ・・・、ヂュウヂュウヂュウ・・・』、ウイッ、『ズ、ズゥズゥズゥ・・・、ズ、ズゥズゥズゥ・・・』」、「なんやねん、その、『ズ、ズゥズゥズゥ』ちゅうのわ」。
「あんた、このこぼれ梅ちゅうのは味醂の粕でっせこれわ。アルコール分が大量に含まれてまんがな、チュチュウチュウチュウと食べてるあいだに段々酔いが回ってきよって・・・、『ズ、ズゥズゥズゥ・・・』、「雀が酔ぉてくるっちゅうのんか」、「そぉ、雀が酔ぉてきよりまんねやがな。ヒョロヒョロ・ヒョロヒョロ千鳥足と言ぃたいけれども、これは雀足でんなぁ、『だいぶにえぇ具合になってきたなぁ。誰ぞ何ぞやりぃな』てなこと言ぃよってね、『ほんだら、わたいが黒田節でもやらしてもらいまひょか』木の葉か何か当てよって、『♪ちゅ~らチュウチュウ、ちゅ~ちゅらチュウチュウ。ぅわぁ~ッ・・・』と、あくびの一つも出た時分を見計ろぉて、ここで南京豆をバラバラバラバラ~ッと撒きまんねん」、「何やねんな、それは」、「眠とぉなってるとこへ南京豆が飛んで来てまんねやで、『あぁ~、こらえぇ枕が来たわ』言ぅて、それを枕にグ~ッと寝込んでしもたところをチリトリとホォキで集めまんねん」。
「よぉそんなアホみたいなこと考えたなぁお前・・・。ほんで、それやったんかい」、「やりました」、「うまいこといたか」、「さ、こぼれ梅を撒いて雀がチュンチュン飛んで来るところまではうまいこといたんですわ、『今やッ』と思て、南京豆をバ~ッと撒いたら、その音にビックリして、みなパ~ッと逃げてしもてね、何やかんやでえらい損ですわ」、「損したらあかんやないかえ」、「この損を取り返さんならんと思て、だいたい雀みたいなもんは何ぁん羽捕まえたかてたかだか知れてまんねん。もっと一羽で銭になるもんをと思て、今度は鶯(ウグイス)捕まえたれ思て・・・」。
「お前なぁ、鶯てなもんはそぉそぉそこらにおらんねやで」、「それがいてまんねんやがな。わたいの知り合いの家の近所に、鶯がよぉ飛んで来るっちゅうこと聞ぃてまんねん。そこでこの鶯を捕まえる方法といぅものを、三日三晩といぅものは・・・」、「お前の三日三晩あてにならへんやないかえ」、「今度はねぇ、洗濯に使う糊がおまっしゃろ、それからご飯粒が少々と絵の具と墨で捕まえまんねん」、「たいした工夫やあれへんがな、そんなもん」、「こらよぉ考えてまっせ。まず糊ん中にね、絵の具と墨をパパッと放り込みまんねん。これをガ~ッとかき混ぜると黒いよぉな茶色いよぉな黄色いよぉな、わけの分からん色になりますわ。で、この糊を手ぇのこっからこれへかけてベタ一面にダ~ッと塗りたくりまんねん。ほんで、その家の台所の天窓へ梯子を掛けて上まで登って行て、手の平にご飯粒ちょっと乗して、天窓からこの手を外へ向けてグ~ッと突き出しまんねん」、「何しとんねん、それは」、「あんた、まだ分かりまへんのんかいな、これがどぉ見ても梅の古木といぅことになってまんねやがな。ほんで鶯が飛んで来たら、『あ、梅の木があるわ』言ぅて、梅に鶯付きもんでんがな、この手に止まりまっしゃろ。ご飯粒を食おと思て手の平に止まったやつをガバッ」、「ほんでそれ、やったんかい」、「やりましたがな。何でも朝早よぉから飛んで来るっちゅうこと聞ぃてたんでね、早よぉから起きて行て、糊ん中に絵の具と墨をパパッと放り込んで、ガ~ッとかき混ぜたら、ほらえぇ色んなって、手にサ~ッと塗りたくったら我ながら惚れぼれするよぉな梅の古木ができあがった。さぁ、これやったら少々目のえぇ鶯でも誤魔化されるやろなぁと思て、その家の台所の天窓へ梯子を掛けて、上まで登って行って、手の平にご飯粒をチョ~ンと乗して、天窓からこの手をグイ~ッと突き出したんが朝の八時ですわ」。
「ホンに早いなぁ」、「いつもやったら寝てる時分でっせ」、「ほんで何かえ、肝心の鶯飛んで来たんか」、「ジ~ッと待ってんねんけど、八時が九時になり、九時が十時になり、十時が十一時が十二時になっても鶯飛んで来よりまへんねん。もぉこれ、ジ~ッとしてたら手ぇは痺れてくるしね、肩凝ってくるし、しまいに頭ボ~ッとなってきよって、『もぉ止めよかなぁ』と思てたら、辛抱はせんならんもんでんなぁ、お昼をちょっと過ぎた時分に、『ホォ~、ホケキョ』といぅ声が聴こえた」、「来たか」、「来ましたがな。さぁここやと思うさかいに、この手をグ~ッと突き出して辛抱してると、ついに鶯がこの手に止まった」。
「ほぉ、掴んだんかい」、「あきまへん」、「何で」、「ほな根性悪い鶯でっせ、手の平へ止まると思てたら手首のこんなとこへ止まりやがった。この脈打ってるとこ、小ぃちゃい足でコチョコチョ・コチョコチョ歩き回るさかい、もぉこそばいの何の笑いこらえて、わて腹波打ってまんねやがな。けど、ここでクスッとでも笑ろてみなはれ、手は動くは鶯逃げてしまいまんがな、そこでこの手をピクとも動かさんよぉにジ~ッと辛抱してると、やがて鶯が山越え谷越えついにこの手の平へ止まった」、「ほぉ、今度は掴んだんやな」、「まだあきまへん」、「何でやねんな」、「これベタ一面に糊塗ってしもてまんねやがな。ほんでこれ、朝の八時からお昼過ぎまでお日ぃさんに晒しどぉし、指がカチカチに固まって曲がれへん。ここでこの指曲がれへんかったら、今までの苦労が水の泡でんがな、『何とか・・・』と思て指にグ~ッと力入れてたら足もとがお留守になってしもて、梯子の上からこのままドテッと落ちてしもてね、まぁ梯子段は四本折れたけどアバラは一本で済んだがな」、「喜ぶな、そんなこと」、「医者にかかるわ、薬代は要るわ、えらい損ですわ」、「損したらあかんちゅうのに」、「この損を取り返さんと・・・」。
「もぉ、こぉなったら普通のもん捕まえたんでは間に合わんなぁと思たんでね、天王寺の動物園行きました」、「ほいでその、『動物園にもおらんよぉなもん』てなもん見付かったんかい」、「いてましたがな」、「何がや」、「ガタロ」、「ガタロちゅうたら何や」、「東京では河童、大阪関西ではガタロちぃまんねん。こいつが天王寺動物園にはおらん。何万円に売れるやろと思て」、「何万どころか、何千万に売れるや分からんで・・・。ほんでそのガタロォちゅうのは、だいたいどこにいてんねん」、「はぁ? 本町の橋の下へ行きました」、「何かえ、あんなところにガタロがいてんのんか」、「親によぉ言われましたで、『これ、日が暮れに橋の下へ行くねやないで。ガタロが出るで』言ぅて。本町はねぇ、ガタロの本場でっせ」、「ほんで何かい、ガタロちゅうのはどないして捕まえんねん」、「ガタロといぅのはねぇ、人間のケツから生き血を吸ぅとか、尻子玉(しりこだま)を抜くとか言ぃまっしゃろ。せやさかいに、こぉケツをバ~ッと出したらガタロがグッと手ぇ伸ばしてくるやろと思て、『餌にするさかいケツ貸してくれ』言ぅて頼んで回ってんけど、誰ぁれも嫌がってケツ出せへん」、「誰が出すかい、そんなもん」、「誰も出してくれへんねんやったら、もぉ自分で自分のケツ出さなしゃ~ないがな。で、ガタロが手ぇ伸ばしてきたら、そいつを掴んで棒でどついて縄で括って引っ張って帰ったろ思てね、棒から縄まで用意して本町の橋の下へ降りて行て、わたいケツをこぉバ~ッとまくって川に向こてグ~ッと尻を突き出してたん」。
「お前、そんなアホなことホンマにやったんか。ほんで、肝心のガタロ手ぇ伸ばしてきたんか」、「さぁ、それが・・・、どぉいぅわけかひとっつもガタロ手ぇ伸ばしてきよりまへんねやがな。ジ~ッとこないして待ってんねんけど、川は冷たぁ~い水が流れてるだけやしねぇ、ほいでまた冷えてきまっしゃろ。あんとき痔ぃになってまだ治れへんがな。辺りは段々暗ぁなってきよるしね、ケツが川からあんじょ~見えてなんだらいかんなぁ思たんで、持ってた懐中電灯でおのれの尻をバ~ッと照らしながら、こないしてジィ~ッと辛抱してしゃがんでたん。ほで、何の気なしにヒョイと上見上げたらね、いつの間にやら一面の人だかり」、「たかるわ、そんなことしてたら」、「大勢寄って、みながなんやかやワァワァ言ぅてまんねん、『もし、あの人あんなとこしゃがんで何してはりまんねやろなぁ?』言ぅて、ほんだら中の一人がね、『わたい、四時間ほど前にこの前通って玉造へ行たんですわ。ほで用事済まして帰(かい)って来たら、まだあないしてケツ出してまんねん。かわいそぉにあの人、よっぽど腹下してまんねやで』いぅて、もぉ聞ぃててちゃんちゃらおかしぃ」、「お前がちゃんちゃらおかしぃわい」、「中にとぉとぉ辛抱でけんよぉになったやつが一人、『もし、あんたそんなとこしゃがんで、何したはりまんねん』言ぅさかいに、『わたい、こないしてガタロ釣ってまんねん』言ぅたら、みながワァ~ッ大笑いなってね、わたいその笑い声でフラフラ~ッとなって川の中へドボ~ンとはまってしもたん。さぁ、一生懸命に向こぉ岸まで泳いで行て、やっとの思いでたどり着いてバ~ッと這い上がったら、そこにおった子供が、『キャ~、お父ちゃん、川からガタロが出たぁ~』。あんじょ~、わたいがガタロにされてしもたがな」。