落語「豆屋」の舞台を行く
   

 

 十代目桂文治の噺、「豆屋」(まめや)より


 

 昔は手っ取り早く稼ぎをするには行商で、店舗も要らなく売って歩くのが最適だったようです。そのかわり難しかったのが売り声で、声が通って、品物の感じを出さなくてはいけません。

 納豆屋さんは売り声でも糸を引いています。『納豆ナットォ~~ ナットォ』。ナットウとナットウの間に糸を引いています。
 大根を売りに来ても、『ダイコン ダイコン ダイコン~』と言っても細くてマズそうです。”ん”を取って訛って言います。『デェーコ デェーコ、デェーコ デェーコ デェーコ~』、太くて抜きたてで泥が付いてて旨そうです。
 ”ん”の字を捨てたわけでは無く、牛蒡屋に上げたんです。『ゴンボウ ゴンボウ ゴンボウォ~』と言って売り歩いていた。牛蒡屋さんは『ゴボウ ゴボウ ゴボウ』と言うと、大きな長靴を履いて歩いているようです。だったら、続けて言えば『ゴボゴボゴボ』、なんか潜っているようです。
 玉子売りがそうでした。一声と三声では売らぬ玉子売り、『タマゴォ タマゴ』。一声では『タマゴ』、「通れ」と返事をしたくなります。
 トンガラシでも葉っぱは『トンガァ トンガラシ』と辛そうに言う。薬味の七色唐辛子は『大ガラに中辛』と売っていた。赤いだけの”一味”は大阪弁で、江戸では頬被りして出刃包丁を持って他所の家に入る奴です。赤いのを抜いたのが「から抜き」と言った。
 ひこイワシと言うのを売りに来た。東京湾で捕れた小さなイワシで、中骨を取って酢の物にしたり、ツミレにして食べた。『エ~、イワシコ エ~、イワシコ』。威勢良く生きているように売ります。
 ふるい屋が「フルイー、フルイー」と声を出していると、近くを売り歩いていた魚屋が、「俺は今イワシを売っている。イワシは新鮮なのに、後ろから『古い』などと言われたら商売にさわる」と文句をつけ、口論となった。そこへ荒金屋(=金属回収業者)が現れ、「わたしが仲裁しましょう」と、3人で決まった順に声を出すことにした。 魚屋が「エー、イワシコ エ、イワシコ」。ふるい屋が「フルイー、フルイー」。そのあと、荒金屋が「古金ェ、ふるかねェ」(=「古くはない」と言う江戸言葉)。

 弱っちゃったな~、豆屋になっちゃった。黙って歩いていたら、豆を運搬しているようだ。「人の居ない所で練習しよう」。裏長屋に入って大きな声を出すと、ハバカリに入っている人を脅かして怒られた。
 『え~豆屋で御座い』、「ちょっと豆屋さん。子供が寝ているんだから静かにして頂戴」、「口開けかと思ったら違ってた」。
 『え~豆屋で御座い』、声が掛かったので入ると、「いくらだ」、「50銭です」、「おっかぁ~、後ろ心張り棒をかって、薪だっぽを持って来い」、「一升50銭は高い。負けろ」、「女房子供食わさなくてはいけないので、伯父さんに今日からこのソラ豆を売ってこいと言われ、60銭の物を口開けだからと50銭でお願いしています」、「負からないな。こっちに来い」、薪だっぽうを振り回して、危うく殴られるところだった。「負けますよ。関東大震災で助かったのに、ここで死んだらしょうがない。いくら負けるんですか」、「5銭だ」、「45銭にするんですね」、「5銭にするんだ」、「5銭だったら、家で寝ていた方がイイ」、また、薪だっぽうを振り回して怖い顔をしている。「負けます。ここで死ぬかと思った。量りました」、「最後のお焼香のような手つきは何だ」、「平にしたんです」、「もっと盛れ」、「一回ずつ棒を持たないで下さいよ。盛りますよ」、「なんだその盛り方は、子供が生まれてくるのに鼻が低い子では可哀相だろう。両手で盛れ。枡の淵に両手を当てて見ろ。俺が入れてやる」、「3升も入っちゃった」、「商人は笑ってアリガトウと言え」、「おかみさん、心張り棒をはずして下さい」、「また、明日も来いよ」。

 また、声が掛かった。さっきの親分のようなおっかない顔をしている。「豆はいくらだ」、「@@銭です」、「ハッキリ言え」、「5銭です」、「1升5銭か。おっかぁ~、後ろ心張り棒をかって、太い薪だっぽを持って来い」、「スゴイ長屋だ。みんな上げます」、「走りの豆で粒も揃っている、どこで盗んで来た。盗品を商っているな」、前の商いの状況を話し納得して貰った。
 「50銭でも安い60銭にしておけ」、「貫禄がある人は違う。負けちゃいますから」、「アイスクリームみたいな形にするんじゃ無い。上の方を取れ。じれったいな、もっと取れ。子供はいるのか?」、「今腹の中です」、「そんな高くしたら、天狗のような鼻になる。可愛らしい鼻にするには、豆のハナを削れ。平にしろ」、「しました」、「中をえぐれ。掻き出せ。枡を逆さにしてひっぱだけ」、「これで・・・」、
「俺んとこでは買わねぇんだ」。

 



ことば

原話は、1774年(安永3年)に出版された笑話本『茶のこもち』の一編「不精」。 演者の持ち時間が少ないときや、早く高座を下りる必要のあるときなどに演じる、いわゆる「逃げ噺」の一種とされる。

逃げ噺;寄席で時間が押している時など、短い時間で、ちょこちょこっとやって、そこそこ客受けして時間調整が出来る演目の事を、「逃げ噺」と言います。だから、小噺にちょっと毛の生えた程度の軽い演目の事を「逃げ噺」と云っていて、実はいろんな演目があります。その中でも、「豆屋」なんかは、「逃げ噺」の真打ちと云えるのではないでしょうか・・・。まあ、あんまり大師匠がやるような演目ではありませんが、近年では、先代の芸協会長の十代目 桂文治さんが、前名伸治時代から持ちネタにしていました。たとえば、「首や」 「豆や」 「味噌豆」 「からぬけ」などがあります。
  円生のこの種の噺では、「四宿の屁」、「おかふい」などが有名でした。普通は前座噺、またはマクラ噺で、円生は普段、「穴子でからぬけだ」で切っていました。 志ん生は「義眼」だったし、八代目文楽も、「馬のす」でした。

十代目桂 文治(かつら ぶんじ);(1924年1月14日 - 2004年1月31日)は、東京都豊島区出身の落語家で南画家(雅号:籬風)。落語芸術協会会長。落語江戸(東京)桂派宗家。本名は関口達雄。父は同じく落語家初代柳家蝠丸。出囃子は『武蔵名物』。
 早くから噺家志望であったが昭和19年(1944)に召集令状を受け、終戦で帰国後の昭和21年(1946)6月、二代目桂小文治に師事し、父の名であった柳家小よしを名乗るが、後に師の亭号が桂だったために桂小よしに改名。昭和23年(1948)10月、二代目桂伸治に改名し二つ目昇進。昭和33年(1958)9月、真打昇進。

 父親の初代柳家蝠丸(ふくまる)の名跡は自分の弟子に継がせた。大正時代に月給制度になったとき一番の高給取りであったが、その会社は潰れ、昭和18年に脳溢血で亡くなった。それからズーッと空き名跡になっていた。その名を継ごうと思っていたが、桂小文治門下だったので、桂を継がせたかったのでしょう、叶わなかった。先代の文治が翁家さん馬(おきなやさんば)からなったので空いていて、その名前になりたかった。小文治も了承してくれて名跡は持っていたが、披露の前に小文治が亡くなってしまったので叶わなかった。正蔵(彦六)が文七が真打になるので名跡を譲ってあげて欲しいと頼みに来たので、文七に翁家さん馬を上げてしまい自分はなれなかった。しかし、大名跡の文治が空いていたので、それを・・・、と言うことで、この名に落ち着いた。(文治談)

 昭和54年(1979)3月、前年亡くなった九代目桂文治の盟友である八代目林家正蔵(彦六)の推薦で十代目桂文治を襲名。桂派宗家となる。平成8年(1996)、芸術選奨文部大臣賞受賞。平成11年(1999)9月、四代目桂米丸の後任で落語芸術協会会長就任。正調の江戸弁を大切にしていた噺家であった。 

 落語「だくだく」で十代目文治のことを語っています。

心張り棒(しんばりぼう);戸口などがあかないように内側に押えておくつっかい棒。

薪だっぽ(まきだっぽ);薪撮棒(まきざっぽう)。薪は燃料にする木。雑木を適宜の大きさに切り割って乾燥させたもの。たきぎ。わりき。炊事用の燃料は薪が主流で、長屋でもかまどに近くには薪が積み上げられていた。その一つを抜き出して棒きれのような使い方をした。

ソラ豆;(蚕豆、空豆)は、マメ科の一年草または越年草。別名、おたふく豆、ノラマメ(野良豆)、ナツマメ(夏豆)、テンマメ(天豆)、シガツマメ(四月豆)。高さ50cmほど。秋に播種する。花期は3−4月で直径3cmほどで薄い紫の花弁に黒色の斑紋のある白い花を咲かせる。収穫は5月頃から。長さ10−30cmほどのサヤには3−4個の豆が含まれている。 和名の由来は、豆果(さや)が空に向かってつくため「空豆」、または蚕を飼う初夏に食べ、さやの形が蚕に似ていることから「蚕豆」という字があてられた。
右写真:そらまめ

アイスクリームみたいな形;ソフトクリームのことでしょう。コーンの上にとぐろを巻いて立ち上がっています。
 基本的な原材料はアイスクリームとほぼ同一であるが、ソフトクリームの場合は調合した液体原料を、ソフトクリームフリーザーと呼ばれる専用の機械に直接投入し、機械の中で高速攪拌しながら冷凍させて原料の中に空気を注入させていき、一定の軟らかさが得られたところで原料を機械から搾り出す。一般的には回転している機械の中からレバー操作で搾り出すものが多い。
右写真:ソフトクリーム

ひこイワシ;しこいわし。ヒシコイワシはアンチョビと呼ばれ、カタクチイワシと呼ばれることが多い。 カタクチイワシ(ヒシコイワシ)は、カタクチイワシ科に属します。
 カタクチイワシは日本で最も漁獲量の多い魚で、日本各地で巻き網や地引き網などで漁獲される。また、「シラス」は主にカタクチイワシの仔魚で、これも食用に多く漁獲されている。
 畳鰯(たたみいわし)、白子干し(しらすぼし)、煮干し(にぼし)、目刺(めざし)、田作(たづくり)、塩蔵アンチョビ、ごま漬け、等に使われる。
右写真:ひこイワシ

子供が寝ているんだから静かにして頂戴;落語の中だけのジョークだと思っていました。暮れの夜回りで歩いていたとき、普段は窓が開いて、「ご苦労様」と言う声が掛かるのですが、その時は窓が開いて、上記のような言葉が私たちに浴びせられました。その上、消防署にまで電話を入れて苦情を言ったのです。豆屋さん以上に驚きました。



                                                            2016年4月記

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